わいわいと人々が道を行き交う
国の真中を通った太いこの道の脇には様々な店が軒を連ね
物売りの威勢のいい声が響き渡った
子供達がきゃいきゃい言いながら走り回り
店の前には人だかりが常に出来ている

その人ごみを一人、歩いている青年がいた
優しげな雰囲気でいながら整った目鼻立ちをしているその青年は
大勢の人が行き交う中をひょいひょいと潜り抜け
思慮深げに指を顎にやり何か考え事をしている
ふと向こう側から歩いてきた商人たちの声が耳に届いた


「そういや荀(じゅん)の王様が今度は閑(かん)の国を
 征服したらしいぜ。ここもそろそろ危ないんじゃないか?」
「でもさ、噂によると農民や商人には一切危害を
 加えないらしいじゃん。しかも若いんだろ?
 ああいうのを鬼才っていうんだろうなぁ」
「まぁ俺にしてみれば安全に商売できるようになってくれれば
 どの王様が立ってくれても構わないや」
「ははは、そりゃそうだ」


商人たちの笑い声にその青年は足をとめる
しかし首を振ってまた歩き出した

最も国同士の争いが激しかった時代
その西に位置する荀(じゅん)において
まだ齢17歳の少年が王位についた
歴史至上稀にみる年少のその王は王位につくやいなや
諸国をいっぺんに制覇し、統一への布石を敷きつつあった

どの国でも多くの民の意見は今の商人のような物だった
確かに今のように国同士が争っている状態よりは
誰かが統一してくれているほうが商売はしやすい
農民なども安心して眠れるだろう


「・・・もう荀(じゅん)は閑(かん)まできている。
 となれば次は媛(えん)の国か。媛の国といえば・・・」


青年がそう呟いたとき不意に後ろから
大きな衝撃が彼に襲い掛かった
慌てて振り返ると、一人の少女が息を切らせながら立っていた
16・7に見える少女のその手には布で覆われた
大きな楽器が抱えられ、表情は嬉しそうな顔をしている
見慣れたその顔に青年は口元を緩ませた


「そんなに慌ててどうしたの?千莉(せんり)」
「銀月(ぎんつき)を追いかけてたのよ
 歩くの速いから走っちゃった。ね、来て!」


やってきた少女は青年の名前を呼んでその袖を引っ張った
銀月、と呼ばれた青年はさり気なく彼女の持っている楽器を持つと
その袖が引っ張れるまま後ろをついていく
少女の秋の稲穂のような色の髪がさらさら揺れて
小さな奥まった通りに連れて行かれ
そこまで来るとさすがに人通りも少なく千莉は歩幅を緩めた


「あのね、お客様が来てるのよ銀月に」
「僕に?」
「珍しいでしょう。いつもの御茶屋さんでお待たせしてるから」
「わざわざ知らせに来てくれたの?」
「勿論。だって、銀月ったら帰ってこない日もあるじゃない
 だから呼びに行かないと。お客様を数日も待たせられないわ」


千莉は頬を膨らませてそう言った
彼女のほうが銀月よりもずっと年下なのだが
こうやって何かと世話を焼いている

千莉はまだ小さい時に親をなくし、丁度そこを
通りかかった銀月が拾った
それからずっと2人は一緒に暮らしている
銀月は妹のように千莉を見ていたが、実のところ
千莉の方がしっかりしており年齢さえ見なければ
明らか銀月の方が弟のような扱いだった


そのいつもの御茶屋さんというのに着くと
千莉は慣れた様子で門をくぐる
少し格式高そうなその茶屋に気安く入れるのは
ひとえに彼女の仕事場のひとつであるからである
入ると奥から上品な姿の綺麗な女性が出てきて
銀月を見ると気さくに笑いかけた


「やぁ、銀月さん。お久しぶりだね」
「あ、お久しぶりです。いつも千莉がお世話になってます」
「いやいや。千莉ちゃんはいい子だし
 うちでも人気の子だからむしろこっちが助かってるよ」
「ふふ、ありがとう姉さん。お客様はまだいらっしゃるよね?」
「ああ。奥の部屋だよ」


千莉は女性に指された奥の部屋に向かってドアを開ける
小さな茶屋でありながら重客をもてなす事も多いので
なかなか立派なつくりである
ドアの開いた先の机に座っている姿を見て銀月は
ほのぼのとした顔色をさっと変えた

そこに座っていた白髪の老人も千莉と銀月に気が付くと
にこやかに笑った


「久しぶりよのお、銀月」
「・・・・唐光(とうみつ)先生」



          ***


千莉は不満そうに机の上に肘をついた
その様子に店の女主人は笑った


「銀月さんに追い払われたのかい」
「・・・・はい」
「そりゃ可哀想にねえ。ほら、お菓子をあげるよ」


お茶とお菓子が出され千莉は少し表情を和らげた
何故か即刻強制的に部屋を出されたのだ
いつもはあんな事はないので何か納得のいかない感じがする
女主人は向かいの席に座ると微笑んだ


「千莉ちゃんに銀月さんに知られたくない事があるように
 銀月さんだって千莉ちゃんに話せないことくらいあるさ」
「わ、私はそんなのありませんっ」
「じゃぁあっちのお仕事の方は?」
「・・・・言ってません、けれ、ど・・・」
「ほら」
「あ、あっちは銀月には絶対秘密なんです!
 知ったら心配するに決まってるものっ」


勝手に正当そうな理由をつけて言い逃れる千莉に
女主人―雪花(せつか)―は困ったようにお茶に口付ける


「そりゃねぇ、千莉ちゃんが銀月さんの事
 全部知りたいっていうのはわかるけど
 銀月さんだって子供じゃないんだから隠しておきたい事の
 ひとつやふたつあるよ?」
「でも・・・おっ、お、お嫁さんの話とかだったら
 どうしましょう・・・!姉さんっ!」
「銀月さんに嫁?それこそありえない話な気がするけどねぇ」
「わ・・・私、もしそんな話になってたら・・・」


本気で泣きそうな顔する千莉を雪花は安心させるように撫でる
そして赤い唇を開いた
小さい頃からずっと千莉の世話を焼いている雪花は
血こそ繋がっていないが娘のように可愛がっていた
その娘は他の話題には見向きもしないが、あの銀月の話となると
一気に普通の同じくらいの年の娘と変わらなくなる


「全く、本当に千莉ちゃんは銀月さんの事が好きなんだから」
「大好きですよー!凄く優しいし
 ああ見えて実はすごく頭がいいですし
 拾ってもらった時からずっとたくさんの物貰いましたから」
「・・・そうかい。そこまで言い切れるのも凄いよ」
「でもですねー・・・だからこそ、もしお嫁さんとかの話だったら
 私やっぱりお家出て行かないといけないですよね・・・」
「なんだい。まだ結婚してくださいって言ってなかったのかい?」
「だ、だって今更どういえばいいのかもわからなくて・・・」


雪花の言葉に千莉は真っ赤になる
銀月が千莉にもっている思いなど妹に向けるものでしかないだろうが
千莉は違った。ずっと銀月を想っている
しかし今更告白のつもりで「大好き!」と言っても
銀月はあのほのぼのとした感じで「うん、ありがとう」などと
返すので結局ずるずるちゃんと伝えられないでいるのだ

雪花は千莉を安心させようとひとつだけ言葉を漏らした


「あのね、そんなに心配しなくても
 あのお客さんが持ってくる話はそんな艶っぽいのじゃないよ」
「・・・・・え?知ってるんですか?あのおじいさんの事」
「ああ。有名な人だよ」


どんな人なんですか、と千莉が口を開く前に
がた、と音がしてその老人が出てきた
そして千莉を見ると優しそうな笑みを浮かべた
目元の皺がさらによる


「君が千莉殿かな」
「・・・・は、はい!」
「元気そうな子じゃ。今日はありがとな」
「いえ・・・」
「また君の筑(ちく)を聞かせてくれ」


そう言って千莉の持っているあの布で包まれた楽器を指差した
もてなしている間に少し弾いていただけなのだが
いたく気に入られたらしい
それだけ言うと銀月が“唐光先生”と呼んだその老人は店を出て行った
千莉はまだ銀月が出てこないのが気に掛かって
奥の部屋に行くと静かにこっそり覗いた
銀月は何故かまだ椅子に座って、両手を組み合わせ
そこに額をつけた状態でいる


「・・・・銀月?」
「・・・・」
「銀月」
「・・・・!あ・・・、千莉」


銀月は何度目かの呼びかけでようやく顔をあげた
そして普通の表情を作り上げる
千莉はその違和感を目ざとく気づきながらも聞かないで
心配そうに銀月の顔を覗き込んだ


「・・・どうしたの、銀月」
「・・・・いや、なんでもないよ。そんな大した話じゃないんだ
 さあ帰ろうか。今日の夕飯は何かな」
「ぎんつき、」


何でもない顔して席を立ち、銀月は
千莉の頭を優しく撫でるといつもの笑みで笑いかけた
そのせいで千莉の呼びかけが途絶える




―― そしてこの日が全ての始まりだった







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