めぐりめぐって春がくる

ふらふらと廊下を歩いていた 彼女を捜していた 今日新しい本が手に入ったのだ だから彼女と一緒に読もうと思った 人質としてやってきた彼女は綺麗で頭もよくて 唯一彼を彼個人として見てくれた人だった 大好きだった。慕っていた。 今日もまたふらふら廊下を歩いていた 彼女のいた離宮だけがぽつんと残っている この世にもう存在しない彼女を捜して今日も歩いている 彼女のために出来るのは 気が遠くなる程の長い年月に己の全てを彼女に捧げる事だけ             *** 「別宅って・・・媛の国もそうでしたけれど  本当に立派なお屋敷ですよねー・・・わー」 「もっと小さくていいんだが、兄上が許してくれなかったんだ」 荀に無事到着した一行は屋敷に入り荷解きを始める 千莉はまずは零隆の手伝いをしようと一緒にいるのだが 歩く場所行く場所全てが驚きでそれどころではなかった 媛の国にあった別宅も美しかったが、荀の屋敷も 本当にそれ自体が芸術品のようだった 「当たり前ですよ!だって支店を任せられるんでしょう?  やっぱりそういう偉い人にはそれなりのお家がないと!」 「といっても見習いとして配属されたようなものだがな  ああ、その本はそっちの棚にいれてくれ」 「わかりました。わー凄い本の数!銀月も本はよく読んでて  家に無駄に本がありましたけれどこれも凄いですね」 「煉笙兄上から貰った物が多いけれどな。好きな時に読んでいい」 「ありがとうございます。あ、絵巻もある!  懐かしいなー小さい頃に読まれたんですか?」 「・・・そんな物まで残っていたか。前に捨てたと思っていたんだが」 零隆は千莉が手にしている絵巻物を見て首を傾げた 古いが手入れが良かったせいで美しい状態のまま残っているそれには 様々な美しい色使いで女の姿などがたくさん書かれている 難しい本に縁はあっても、こういう御伽草子のようなものに縁のなかった千莉は 興味津々といった風に零隆の手元を覗いた しかし零隆といえば、造作もなしにするりとそれを丸めると言った 「もう読まないし、捨てるか」 「ええ、勿体無いですよ!残ってるんですし  零隆様のいつか生まれるお子様に贈ったらどうですか?」 「その頃には絵がかなり剥がれ落ちたりしてるだろう  今でさえこんなに酷いのに・・・」 「少しくらい夢持ってください!というか  捨てるくらいなら私に下さい!読みますっ」 「・・・まぁ、あなたなら今でも楽しめそうだしいいかもな」 「む。それ、どういう意味ですか」 「そのままだ」 素っ気無く言うとその巻物を千莉に渡し、 零隆は新しい包みを広げ己の必要な物を部屋に並べていく そんな姿を見ながら手元の巻物に視線を下ろす 懐かしい思い出であるはずのこれも零隆にとっては何とも無いのだろうか 千莉は頬を膨らましたが、すぐに心を入れ替え仕事を続けた しかし元より必要最低限の物しか持ってきていなかったため あっという間に荷解きが完了してしまう 本棚がみっちり埋まったくらいで部屋自体に変化はなかった 「本当に本と服ぐらいしか持ってきてなかったんですね」 「あとはこっちに全て揃ってるからな」 「煉笙様の言いつけでこっちじゃ私が零隆様のお世話係につきますけれど  ・・・なんか、この様子だと全然必要なさそうですね。  私がやる前に零隆様がぱっぱと全部一人でやりそうですもん」 「掃除くらいは頼むかもしれない。忙しくなるからな」 「頑張って下さい」 そう言って千莉は自分の部屋の荷解きをしてくる、といって部屋を出た。 世話係としてやってきているため部屋は近い 煉笙曰く 「護衛も食事も世話も全て出来る最高の世話役」印を 押されたので、零隆の世話役は千莉一人だけだ (どちらかと言うと私が世話されそうな気が・・・) いやいや、多分零隆様はこれからずっと忙しくなるから 多分おのずと仕事は見えてくるだろう。大丈夫 そう自分に言い聞かせて己の荷解きに取り掛かった 相変わらずあの筑だけはいつでも一緒だ 服は少数の私服とそれと侍女服。そして本をいくつか取り出したら すぐに終わってしまった。零隆の荷物を少ないと言っていたが 実は自分のほうが少ないのではないかと思った (・・・だって元々持ち物少なかったし・・・) おかげで引越しはあっという間な訳だが 女子として少しそれはどうなんだろうと思った せめて飾りのひとつくらいあってもいいだろう (・・・・それも燃えちゃったもの、ね) あの火事で、全て。 瞬間的に目を閉じ頭を横に振る 油断すれば引きずり込まれそうな闇に蓋をして頬をたたく 「危ない危ない。ほーら!元気になれ!私!」 元気な声を出してへらっと宙に笑って見せた それに多分屋敷で働く限り必要ないだろうと思い直す 煉笙は荀に行ってもなるべく外には出ないようにと言っていた ならばわざわざ使わない物を買う必要は無い そう判断してさっさと立ち上がり、部屋を出た (さて、少しは屋敷の中を知っておかないとね) どこか手伝える場所もあるかもしれない!と侍女魂を発揮させ 熱く拳を握り意気揚々と歩き出す 飾ったところでもう見せたい人などいないではないか              *** 懐かしい記憶だった 彼女がいる。笑っている。 嬉しくなって駆け寄っていった だが近寄る寸前彼女の首が飛ぶ 真っ赤な血しぶきがあがり 誰かが体を失った首を拾った ―――――――――っ 自分だった。正に自分だった 己はその首を抱きしめ笑っていた 狂っている そうだ狂っているのだ自分は。権力に囚われている ふと後ろを振り返ると一人の男が柱にもたれて座っていた 彼は笑った “じゃぁね、千莉” 彼の首もまた飛んだ その首も誰かが拾った。少女だ 泣いている。泣いて抱きしめている 誰だ、とかそんな事を聞くのは愚問だと思った 自分が彼女を愛したように、この女はこの男を愛していたのだ 謝ろうとした 瞬間その少女は顔を上げた その目は「殺してやる」と言ってる気がした               *** ようやく屋敷を迷わず歩けるようになった頃 千莉は簡単な夜食を作り零隆の元へ届けようと廊下を歩いていた 疲れた顔をして帰って来てろくな物も口にせず ぱたんと倒れ寝始めるその姿は普段の零隆では考えられない物だ (やっぱりよっぽど疲れてるのね) おかげで仕事が出来るようになったのは嬉しい 部屋はやはり書類の山で汚くなる、零隆には片付ける暇がないのでそれがまず千莉の仕事になった 次に気が付くと意識を手放しそうな零隆にご飯を食べさせ 風呂に入らせちゃんと寝台で寝かせるまでに誘導するのも仕事になった。 これは仕事というか、このままでは零隆が人間らしい生活を失うと危惧しての事だった 早く寝られるようになるべく夜食は簡単に食べれる物にしている 所謂ファストフード だがいつも握り飯では飽きてしまうだろうと思い 毎回手をかえ品を変えやってるのでいつネタが切れるか ギリギリの線である 部屋に行くと風呂から上がったらしい零隆が ぐったりと椅子に深く座り目をしばたたせている よっぽど眠いのだろう 「お疲れ様です。今日は早く寝れるようにスープにしたんです  これを食べたらすぐに眠ってくださっていいですから」 「・・・いつもすまないな・・・」 「あんな睡眠時間でこれだけ働いてれば当たり前です  お休みだってとってないじゃないですか」 「最初が肝心だからな・・・だが、ようやく明日  休みがとれる事にな・・・・・・・・」 「ああああ、寝ないで下さい!起きてください!  とりあえずこれ食べて寝てくださいね!ね!」 慌てて千莉は零隆の口にスープを流し込む 人間らしいリズムだけは崩しては駄目だ・・・! 一度崩壊したらそれが普通になってそして どんどん食べない健康に悪い生活が続くに決まっているのだ! 食べ終わった(食べさせられ終わった)零隆はすぐに 布団に潜るとこてんと眠ってしまった その様子を見て侍女の一人が 「まるで眠ったように死んでいらっしゃる」と 笑えない言い間違えをしていたのを思い出した (明日はなるべく人を近づけないようにしないと) 少しでも安眠を妨害してしまったら悪い。折角の休みなのだ 千莉は部屋の蝋燭を吹き消し、空になった食器を持つと 静かに部屋を出た 部屋に戻りながら考える (意外に私、侍女仕事あってるのかも) 煉笙の世話がかかりとしてしか働いていなかったが この屋敷に来てから他の侍女仕事もやるようになった それは部屋の掃除だったり客のもてなしだったり 勿論メインは零隆の世話なのであるがなかなか楽しい 侍女もやはり教養のある人ばかりなので、今更ながら ちゃんと勉強しといてよかったと思った 他の侍女とも引けを取らないで仕事ができる 料理長を起こさないでもご飯はそれなりの物を作れるし 護衛もできるので屋敷では結構重宝されていた ― 銀月のためにとやってきた事が力になっている ― 礼儀も勉強も家事も音楽も。 無駄になんかひとつもなっていない 「・・・・ぎんつき」 ぽつりと呟いて空を見上げる 彼の名前に相応しい銀色の月が黒い空に浮かんでいた 夏が近づいてきているためか少し霞んでみる やはり月は冬の凛とした空気の中が一番綺麗に見えるものだ (・・・夏) そう。 季節は確かに進んでいるのだ。 「今年の春は、一緒にお花見できなかったね」 ぽつりと千莉は呟いた 胸が熱く、苦しくなる これからの春もこうやって 一人で過ごしていくのだろうか 耐え切れない不安で潰されそうになりながら 必死に 彼だけを想って ||小説目次|拍手| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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