めぐりめぐって春がくる

その日も千莉は宴会に呼ばれていた 髪には突然現れた銀月の友人だったという女性から貰った髪飾りがひとつ 服はその場所で提供されるので、普段屋敷ではしないような 豪華で美しい装いをして演奏を始める その美しい音色に涙を流す人が絶えなかった 家専属にしたいと言い出す人もいたが全て断った だから余計に色々な場所から依頼が絶えず そして千莉もそれを楽しんで受けていた いつからか“筑姫”とまで呼ばれるようになって 心を洗うような音色に人々は敬意を表した そして、今日もそうだった 「ありがとうございました」 演奏が終わり頭を下げると割れんばかりの拍手が浴びせられる すすり泣く人々もいて、更にアンコールを求められたが 今奏でたのも既に3回目のアンコールだったので 困ったように笑いながらも深く礼をして退室をする事にした 行く場所行く場所でたくさんの贈り物を貰うようになった おかげで千莉の部屋はそれらで今凄い事になっている。 その時一人、少し細身の男が後ろに従者を侍らせて近寄ってくると 千莉の腕に包みを押し付けた 「いい演奏を聞かせてもらった。これはその礼だ  是非今度は我が家で弾いてもらいたい」 「ありがとうございます」 「ところで、」 「?」 男は少し辺りを見回し声を潜めた 彫りの深い顔に濃い影が落ちる 何か秘密の話だろうかと千莉は顔を近づけた 「あなたは王宮で演奏してみようと思わないか」 「え・・・・」 千莉は下げていた頭を慌てて上げた 今なんて言っただろう。王宮で? 「王宮にもあなたの噂は届いていて、是非王にお聞かせしたいと思ったのだ  王は最近どうもご気分が優れないらしく、何か気晴らしに  宴を催そうという話が出ているのだ。それに出てもらえないだろうか」 「・・・・私などでは、王宮お抱えの奏者の方々には到底及びません  王のお耳汚しになるだけかと、」 「そう卑下なさるな。雫殿の筑の腕は素晴らしい物だ」 「・・・」 冷汗が伝った。 一応自分は荀に追われている身なのだ 顔までは出ていないからばれていないだけであっていつ殺されるかわからない 灯台下暗しと言えど、さすがに王宮となれば問題だろう (落ち着いて・・・普通の奏者なら断るのは不自然よ・・・  だって王宮で演奏できるなんて普通なら誰だって  喜んで受けるものだもの) 迷った末千莉は笑顔を取り繕った 「少し考えさせて頂いてもよろしいでしょうか」 「わかりました。色よいお返事を期待している」 「はい。ありがとうございます」 贈り物も受け取り千莉は再度頭を下げ、筑を片付けて部屋を出た すっかり辺りは暗くなっている 貰った物の包みを開けて見るとどうやら衣服らしい しかもかなり豪華な物だ (これを着て王宮の宴に出ろって事かしら・・・) 憂鬱な気分のまま屋敷の門をくぐると、声がかかった 「千莉」 「!!零隆様!?」 振り返ると門の脇に零隆が立っている 千莉は急いで近寄った 「こんな時間にこんな所でどうしたんですか!?」 「そろそろ出てくる頃だろうと思ったんだ。  ちょうど帰る時間が同じになりそうだったんでこっちに来た」 「迎えに来てくださったんですか・・・?わ、ありがとうございますー  寒くありませんでしたか?」 「いや、そんなに長い時間は待ってない」 歩き出した零隆の隣に慌てて小走りに近寄り見上げる 相変わらず疲れた顔をしていた。が 「楽しそうですね」 「・・・・まぁ、ようやく仕事も大体覚えられて  これからという所だからな。それはあなたもだろう」 「!・・・はいっ。私も今凄い楽しいです」 「・・・今日もまた何か貰ったのか」 「今回は服と・・・あ、珍しい茶葉も貰いました  あと筆も頂きました」 「あなたの部屋、凄い事になってるんだろう」 「だ、大丈夫です!ちゃんと収納しましたからっ」 そんなに大きい物ではないので棚を作ればすぐに置ける 千莉は力をこめてそう言うと零隆はそうか、とだけ言った 少し歩調が早くなった気がして、千莉は小走りに 零隆の後ろを追いかける 「そう言えばどうしていきなり迎えに来てくださったんですか?  今までも帰る時間が同じくらいの時ありましたよね」 「・・・公舜に言われたんだ」 「公舜様に?」 「私はすっかり忘れていたが、あなたが女性なのに  夜遅く街を歩くのは危険すぎると公舜が至極まともな事を言ってな」 「すっかり忘れてた、って何ですか零隆様!どっから見ても女ですよ!  あ、でも大丈夫です。そんな不届きな輩が来たらこの筑で一発ですから  それに護身用の剣も持ってますし」 「・・・私もそう言ったが一般常識では違うらしい」 千莉の腕を知っている零隆は大丈夫だと信じて疑わないが 確かに夜、しかも大分遅くに年頃の女一人が歩くのは危ないと 言われてみればそうかもしれないと思い直したのだ 幸い帰る時間もさほど変わらないので迎えには問題ない 従者に迎えにいかせればいいのかもしれないが 零隆自体あまり人を使うのを良しとしないし 自分で出来る事であればやろうと思う人間だ 「でも・・・むしろ私より零隆様の夜道一人歩きの方が  よっぽど危険な気がします」 「?何故だ」 「だってそれぐらい綺麗な顔してて、見た目なよい青年が  ふらふら歩いてたら格好の獲物でしょう!  そういう趣味の人間はたくさんいます!」 「それこそ返り討ちだ。あと見た目なよい、というのはどういう意味だ」 「そのままです!」 力を込めて言うと零隆は顔を手で覆った その指の間から千莉を見下ろす 「・・・本当に“なよい”、か?」 「細いと思いますよ、肩とかも」 「一応ちゃんと体作りはしたんだが」 「多分生まれつきですよ!どうにもならない事もあります!」 「・・・そうか、そうだよな」 なんだか慰める方向がおかしかったが、零隆は気を取り直したらしい それなりにちゃんと武術もやってきた零隆に “なよい”という言葉はショックが大きかったらしい 「でも銀月も見た目細かったのにちゃんと筋肉ついてたし・・・  それと同じくきっと着痩せって奴ですよ!  脱ぐと凄いんですっていうアレです。他の女中さん達が話してました」 「どういう話をしているんだ」 「ああ、零隆様って本家でもそうでしたけれどこっちでも大人気ですね!  あんな格好いい人を世話できるなんて幸せだって話してますよ」 「・・・あまり話しかけられないが」 「だって話し掛けると零隆様身構えるじゃないですか  でもちゃんと皆さん好いていらっしゃいますよ  仕事熱心でお優しい方でよかったと。公舜様との漫才もすっかり人気です!」 「漫才などやってない!」 会うたび公舜にからかわれる零隆のあの掛け合だが 本人達が思う以上に周りは面白いのでいい話のネタになっている 千莉は零隆の言葉に笑い、そしてそのまま「そういえば」と話を換えた 「王宮で演奏しないか、と言われました」 「!」 零隆は歩いたまま絶句した 千莉の声のトーンも少し落ちている 「何故突然。王が言い出したのか?」 「・・・・いいえ。王の気分が優れないようなので宴会を催そう、  という事になったらしいです」 「やめた方がいいだろう。さすがにあそこではバレる」 「・・・そうですよね。卑下しまくってなんとか辞退します  それでも駄目だったら頑張って仮病を使います」 「そうしろ。・・・だがまずい  それほどまであなたの噂が広がっているとなれば  いずれ王宮の奏者として召し上げられるかもしれない  そうなればもう拒否権はない」 「・・・・・・・」 「今回の誘いもその一人で終わればいいが、他の者も言ってくるだろう  王宮での演奏のみ断ったとなれば捕まるかもしれない」 「っ」 筑を抱きしめる腕に自然と力がこもった 血の気がさっとひく。 ふと零隆が千莉の頭に手をやった 「最悪の状態は考えるな」 「・・・・・・はい」 「そうはならないようにやれるだけはやろう  そうだ。その日に出かけなくてはいけない用事を作ればいい」 「!」 「考えておこう。国外に行く用事の方がいいかもしれない・・・」 「ご迷惑おかけして申し訳ありません、零隆様」 「これぐらい大丈夫だ。元はといえばあの場で演奏させたの私だからな」 零隆はそれだけ言って考え深げに親指の腹で顎の線をなぞる 千莉もだんだん落ち着きを戻していって安堵の溜息をついた (大丈夫・・・なんとかなる) 最悪の事態にはならないために             *** 零隆の予想通り王宮の宴への参加を勧める者が後を絶たなくなった これだけの腕なのに勿体無い、と人々は口をそろえて言うが その声が声高になるたび千莉の不安は募った 久しぶりの休日。今日は何の用事もなく千莉も珍しくちゃんと睡眠がとれた 零隆と何故か公舜の昼餉の用意をしながら千莉は髪飾りに触れる あの桜の形をした髪飾りは最初は躊躇われたが 折角の銀月からの贈り物なのにしないのは勿体無いと思い直して 毎日でも欠かさずつけるようにしている 「・・・用意できたか」 「あ、今日もまた美味しそうだねー!ここの厨房の人たち腕いいよね」 「!零隆様・・・公舜様も」 部屋に帰ってきた2人はそれぞれ手に大きな包みを持っている それを受け取り、棚に置くと千莉は聞いた 「今日はどこかにお出かけになるんですか?」 「いや。ずっと家で仕事の続きだろうな  その会計書に不備があって全部を確認する事になったんだ」 「全く最近の奴等堕落しすぎ。折角零君をいじっていじって  遊びまくれる休日だっていうのに仕事なんかさーやめて欲しいよね」 「何故お前の楽しみのために私が休日の時間を割かなければいけない」 「あははー。冗談冗談。いただきまーす」 「お茶も今お淹れしますね」 千莉は茶葉の入った茶器にお湯を注いだ ふと公舜が顔を上げる 「あれ、千莉君。その髪飾りどうしたの?」 「へっ」 「凄い良い品だよね。普通の豪族でもなかなか手が出せない奴だよ?」 「そういえばそれを最近よくつけていたな。どうしたんだ?」 高価な物だろうとは思っていたがまさかそれほどとは これを買うのに銀月は一体どんな無理をしたんだ、と思ったが そんな事考えるより先に二人の視線をごまかすのに精一杯だ もし銀月の友人に貰ったなどと言ったらいつ会ったのか、 本当に信頼できるのか、などなど心配をかけるのは絶対である だが、二人の視線に根負けした千莉は結局 あの日の朝の話をしなければいけなくなった 案の定それを聞いた零隆は眉をひそめた 「なぜ千莉が私の屋敷にいるとわかったんだ。おかしいだろう  もしかしたら荀の軍の者だったかもしれない」 「私もそう思ったんですが・・・銀月の事に妙に詳しくって  銀月が家事がからっきし駄目だったとか放浪癖があったとか  そういうのってさすがによっぽど親しくないと知らないと思うんですよ」 「・・・放浪癖なんてあったのか銀月さん」 「最初のうちだけでしたけれど。その放浪癖のせいで  数日帰らない時もありましたね。怒って数日無視を続けたら  懲りたらしくってそれからは放浪しそうな時は  必ず一筆書いておいてくれるようになりました」 「・・・・・」 「・・・・・。」 それはいいのか悪いのか。 判断に困ったが千莉はそれで満足なようなので誰も突っ込まなかった 「まあ千莉君も馬鹿じゃないし、明らか怪しそうな奴にはひっかからないよね  それにそれ程の品はよっぽどの人にじゃないと贈れないよ  筑の演奏でこれほいほい上げられるのは王様ぐらいじゃない?  だからなかなかに銀月さんからの最後の贈り物っていうのも信憑性があるね」 「・・・・」 「わぁ凄い。ここの作りなんてすごい特殊だ  もしかしてこれ特注じゃないかな」 すっかり商人の顔になった公舜は 何か眼鏡らしい物を取り出すとじっくりその飾りを色々な角度で見る 「あまりいじるなよ公舜。それは千莉の物だ」 「む。僕の専門は宝石類なんだからそんなヘマはしないよ!  零君よりはずーっとこういうのの扱いは慣れてますー  いやぁその銀月さんっていうのは只者じゃないね  最後にこういうのを、しかも時間差で贈るなんて格好よすぎ  零君にはたとえ西から太陽が昇り始めても出来ない芸当だね!  煉笙様レベルだよ!これは」 「私に出来ない、というのは余計だ」 「でも出来ないだろ?」 「・・・・・」 反論しない辺り正直だ。 返された髪飾りをまた頭に慎重につけて千莉は微笑んだ なんだかずっと銀月が想ってくれている証のようで嬉しい 足取り軽やかに千莉は届いた書簡の確認をしはじめた ほとんど零隆宛の物であったがひとつだけ 千莉宛のもの―宛名は偽名である“雫”であったが―があった 首を傾げながらそれを開き目を見開く 「?どうした」 「王宮から・・・今度の宴に来るように命令がありました」 「あららーそれはそれは・・・って、ええ!?何それ!  僕聞いてないよ!何でそんな話になってんの!?」 「静かにしろ公舜。見せてみろ」 千莉は青い顔をしながら零隆にその書状を手渡す そこには王の捺印も押されていた。勅命だ 「っ、宴に人を呼ぶだけで勅命か」 零隆から似つかわしくない舌打ちが聞こえた 公舜も難しい顔をする 「外戚から言われたのかな。でも今の王様はそんな外戚が口出しできるような  人ではないんだけれど・・・・という事はやっぱり今の王様の意向か」 「・・・・・・わたし、ど・・・っどうしましょう・・・」 「ああそうだ。お面をしていったらどうかな。適当に理由つけてさ!」 「それでは益々怪し・・・・!!いや。いいかもしれないぞ  それも演出の一部という事にすればなんとかなるかもしれない」 「!」 零隆は立ち上がりすぐに家の人間に お抱えの面作りを専門とする職人を呼ぶように言う 千莉は青い顔をしたまま零隆を見た 「何とかなるだろう・・・いや、なればいい  演奏者の一人が面をつけていても王がいちいち  それを取れと言う事はないだろう」 「・・・・・はい」 「安心しろ。大丈夫だ」 公舜にも背を撫でられ千莉はゆっくり頷いた だが言い様の無い不安が胸に渦巻きつづけた ||小説目次|拍手| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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