めぐりめぐって春がくる

俺はお前に側にいて欲しかっただけなんだ お前の望みを叶えてやりたかっただけなんだ それなのにどうしてお前が死ぬんだ どうして俺を殺そうとする奴がいるんだ 今すぐにでもお前を追いかけたいのに あの檻は俺を出そうとしない                 *** 王宮の宴の日がやってきた 面をつけてやってきた千莉に声をかけてきた官僚達は皆変な顔をしたが 「美女に見慣れている王に平凡な顔を晒すなど恐れ多くて出来ませんので」 というと何故か皆あっさり了解した。失礼な奴等である 一発殴り飛ばそうと思ったが必死に我慢をした 零隆や公舜が心配してくれたが、彼らにも仕事があるので 付き合わせるわけにも行かず千莉は一人だった 通された部屋で服を着替え銀月から貰った髪飾りをつけ面をした 桃色の上質な布に絵でしか見たことの無いような模様が描かれた着物は 今日のためにと零隆が贈ってくれた物だ 官吏達から貰った服もあったが、折角零隆がくれた物だったのでこちらにした 調音も終え手を合わせて目を閉じる (どうか、今日一日が何も無く終わって早く家に帰れますように) あまり仏やら神やらは信じないが、この時ばかりは願った もしもこの世に運やら見えない力やらがあるのなら 今フルに使用しなければどこで使うのか 千莉は拳をぐっと握り締めた 「こんな所でオチオチ死んでられないわよ!屋敷に帰って  美味しいご飯食べてもっと働いて零隆様の世話をして  時々煉笙様にお手紙書いて、筑もっと弾いてお金稼いで  服買って本読んでえとせとら!とにかくやりたい事はたくさんあるんだから!  大丈夫!何事も無く帰れるわ!」 何度もそう自分にいい聞かせた しばくして女官が呼びに来て謁見などに使うのだろう大きな広間に連れて行かれる 遠くには簾やらなにやらでよく見えないが玉座があるのだろう しかしその玉座までには階段があったり、何本も柱が立っていたり 勿論武官もたくさん配置されている それだけ離れていれば王がそんな芸者一人に何か言うとも考えられないので 千莉はようやく安心してきた 武官も多いが美しい装いをした女官達も大勢いる 他の官吏達も広間には集まっていて華やいだ場所になった 豪勢な食事が出され金品が輝く 千莉は出番待ちの奏者や芸者用の部屋のような所にいたが そこにも王宮お抱えの奏者達が並んでいた (王宮の奏者って言ったらきっと凄いのよね) 王がいちいち奏者に気をかけるはずなどないと安心したからか だんだん自然に宴を楽しみにする気持ちも出てきた やがてドラの音が鳴り響き王が入ってきて宴が始まる 天女のような服を来た女官達が円になって踊り、武官の剣舞 王宮の奏者の演奏、劇、芸者による綱渡りなどの舞台が続く 様々な料理も次から次へと振舞われ一層賑わいを見せていた 「雫様、次ですので準備をなさってください」 「は、はいっ」 筑を持つ手がわずかに震えた。緊張してきたらしい 前にやっていた芸者による劇が終わり 面がずれていないか確認をするとゆっくりと千莉は歩みでた そして筑を置き一礼をする 中央に来ると玉座はしっかりと見えた。だが、顔は見なかった (この人が・・・銀月を・・・) 足元にまで目をやって慌てて伏せる。嫌な感情を押さえ込み ゆっくりと手を弦に乗せた 弾くのはどんな曲でもいいと言われたので この宴のレベルに合わせた最も難しいとされる曲を弾く 技巧もさる事ながら細かい表現が多い曲だ だが手が覚えているその感覚はひとつも間違う事も無く 弾き終わると周りから一斉に大きな拍手がおくられた いつものように涙を流す人もいる (成功した―――――・・・!) 達成感と満足感による興奮で震える足に力をこめその場を去ろうと千莉は立ち上がった 全て終わったのだ。もう、これで屋敷に帰れる いつもの平凡な生活に戻れるのだ! そう思った瞬間だった 「待たれよ、王が今の演奏にいたく感動し是非その顔をご覧になりたいと  おっしゃっている。面を外せ」 一人の男の声が響いた。玉座の隣に控えていた男だった 王が奏者に直々に声をかける事はなかったので その間を取り持つ者なのであろう 少し女のような顔は彼が去勢された宦官である事を表していた 「・・・・っ」 千莉は止まり唇を噛む。血がさっと下がっていき冷汗が流れた (絶対に気にも留められないと思ってたのに・・・  もしかしてばれたの!?) それはないだろう、と思ったがそれ以外で呼び止められる訳がわからない 頭が混乱して動けなかった 心臓がばっくんばっくんと大きく鳴る このピンチをどう乗り切ればいいのか頭をフルに回転させようとするも 全然何も浮かんでこなかった 男は眉をひそめた 「どうした。声が聞こえなかったのか。面を外せ」 「・・・と、申しましても・・・私のような者の顔など  美しい方を見慣れていらっしゃる王にお見せする物ではありません  どうぞお許しください」 手をついて頭を下げる。それしか浮かんでこなかったのだ 周りの官吏達からも戸惑いの声が漏れる だが王は納得しなかったらしい、再び男の声がかかった 「構わない、とおっしゃっている」 「・・・・・・・」 千莉は眉を寄せた ― もう、駄目か ― 頭の後ろに手を回し紐を解いた するりと仮面が滑り落ちる コツン、と床に落ちる音がした その瞬間あちこちで席を立ち上がる音がした 「こいつはあの刺客と共に過ごしていたという女だ!」 「ずっと探して見つからないと思っていたらこの国にいたのか!!  自分の身近な人間がここで何をしたのかわかった上での狼藉か!」 「殺せ!この女を殺すんだ衛兵!ここに来たのも  王の命を狙ってかもしれん!」 千莉は唇をかみ締めた 兵士が千莉の両腕を掴みもう一人が前に立った 筑が誰かの足に蹴飛ばされ遠くに滑っていくのが見えた まるで何かの演劇を見ているような感覚に襲われた 今から何が起きるのかわかっているはずなのに 全くその実感が湧かない だがどこかから酒の入った杯が投げられ頬にあたって 意識がはっきりした (・・・私・・・殺される・・・っ) 瞬間言いようの無い恐怖が襲った 必死に名前を呼んだ 「銀月!銀月!助けて銀月!お願いっ、お願い助けて銀月っ!!!!」 必死に抵抗しようとしたが二人がかりの男には適わない 視界の隅できらりと、鈍い光を放つ剣が見えた ― もう駄目だ ― そう覚悟した時、突然大きな声が広場に響き渡った 「やめろ」 その一言だけだったが誰もが動きを止めた かつ、かつ、と音がして誰かが歩いてくる音がする 兵士達は千莉の腕を外しその場に跪いた その場の官吏・女官等が皆揃って正式な礼をとる 千莉はその場の異様さに気がついてようやく目を開け目の前に立つ男を見た 「・・・・・!」 美しい黒髪に銀月や煉笙のような女と見紛うような種とは違うが 整った顔つきをした男が一人立っていた その服は周りの官吏達とは比べ物にならないほど豪華で ついている飾りもひとつひとつが繊細な物である 跪かなければいけないような感覚に襲われるこの威厳は その男が誰であるかを表していた 男は千莉を見下ろし冷ややかな眼差しを向けたまま言った 「殺すには惜しい腕だ。生かしておけ  目が届くように牢に入れろ。  処分は韓章(かんしょう)、お前に任せる」 「・・・・・」 「宴はこのまま続けろ。―――連れて行け」 呼ばれた韓章という男は静かに頭を下げただけだった 兵士達は頷くと千莉の腕を取り部屋から出る 連れて行かれる時千莉は一度男を振り返った (―――――荀の王・・・・!) 彼も一度こちらを見た気がした が、その時には既に扉は閉ざされ確かめる事などできなかった             *** 薄暗い場所であった 石の冷たい壁に身をもたれ千莉はそっと息を吐く 窓も何も無いその部屋には鉄の柵のみが外界との接触の手段だ (これから私どうなるんだろう・・・) 綺麗な着物はすぐに罪人が着る用の質素な白い服に替えられた 筑も取り上げられている 生きていただけでもいいはずなのに、何故か涙が零れた 桜の飾りも全て取り上げられてしまい それを思うだけでも胸が締め付けられる これからの事を考えればいっそ死んでしまえばいいのに、 一瞬過ぎった考えを慌てて振り払い涙を拭った 本当にこのままどうすればいいのかわからなかった もう夜なのだろうか、時間の感覚さえわからない 怪しげにともる蝋燭の炎だけが揺れた 今千莉以外の罪人は入れられていないらしく静かだ 不意にきい、と何かが開く音がした そして足音が響いてくる (近寄ってくる・・・・) 刑が決まったのだろうか ゆっくりと腫れた瞼を上げ視線をあげる そして千莉は固まった 「・・・煉笙、様・・・・」 「・・・・・・・」 こんな時に幻でも見ているのだろうかと目をこする しかし幻なら何故銀月が迎えに来てくれないのだろう 「銀月、私もう疲れたよ」で終わりでいいのに 何故よりにもよって煉笙なのか 「・・・いやいや、幻、幻、疲れてるのね私」 はぁぁぁぁと息を吐いて頭を振る もう一度目を閉じようとした瞬間 幻のはずのその影は口を開いた 「そこでどうして感動じゃなく幻で片付けようとするのかな、千莉」 「・・・・・れ、煉笙様・・・の、生霊?」 「期待裏切って悪いけれど本人だから」 「・・・っ」 その声も、その表情も全て見慣れたその人本人だ 千莉は慌てて近寄っていき柵の間から手を伸ばし ぺたぺた本物か確かめるために触った その手を煉笙が苦笑して取り握り締める 「ど、どうしてこんな所にいるんですか!?今本家にいるのでは?  というか何で体の弱い貴方がこんな遥々荀まで?  何か仙人の特効薬でも見つけたんですか!?それとも秘薬とか!」 「愛しい女性の危機に駆けつけてきたとは考えてくれないのかなぁ」 「あはは。煉笙様に限ってそんな奇特な事する訳ないじゃないですかー」 「・・・結構傷ついてるのわかる?」 それだけ言うと握っていた手を離し 牢屋の鉄格子の間から腕を差し入れ千莉の頭を撫でた 「どうしたのか、とかそういうのは秘密だけれど  危機に駆けつけたのは本当でしょう?」 「で、でも・・・こうなるなんて事・・・・」 「王宮に呼ばれたって手紙に書いてあってすぐに予測できたよ  あれほどの腕を持っていれば他の奏者と同じになるはずなんてないんだ  面をつけたくらいじゃ君は他と同化なんてできない」 「・・・・・・」 「取り敢えず当日に間に合ってよかった」   その顔が珍しく本心からのようで千莉は目を見張った 本当にどうして来れたのだろうとか、そんな疑問は何故かあっという間に消え去ってしまう ただ安心した 気づけばまたほろほろ泣いていた 「なんだか俺は泣かれてばっかだよね」 「・・・ごめんなさい・・・安心して・・・」 「ああ、恐かっただろうね。でも千莉、おちおち話してもられないんだ  面会時間は限られている」 「・・・・・」 「・・・最後の取引をしよう」 「!」 はっと千莉は息を呑んだ ― “最後”、とはどういう意味なのか 頭を撫でていた手がこめかみに触れ、口元まで滑る 声をいつもより低く落としていった 「一生俺を愛してくれるなら、ここを出してあげる  王命なんて金と権力でねじ伏せてみせるよ  でも他の男を想ったり、銀月さんも勿論忘れるんだ  俺を拒否する事も許さない。一生俺だけを思って  こればかりは俺もかなりリスクが高いからね」 「・・・・・・そんな、」 「零じゃこんな思い切った行動は出来ない。公舜は思いついても  零にさせられないから言わない。多分助けられるのは俺だけだ」 その通りなのだろう、と思った ここから出せるのは今じゃ煉笙しかいない 己が出られる道はこの取引を受けるしかない だが千莉はすぐには頷けなかった 頭の中がごちゃごちゃになり必死に答えを導き出そうとする “銀月さんも勿論忘れるんだ” (・・・・・そんなの) (そんなの、無理に決まってる・・・) 考えた先にあったのは簡単な答えだ 千莉は一歩下がりうなだれる 「無理・・・です・・・」 「・・・・・」 「銀月を忘れるとか、無理なんです・・・そう出来てるんです  それにこんな取引にまた乗って、ご迷惑かけられません  もし私を出す事が可能だったとしても、私は煉笙様に  そんな馬鹿馬鹿しい取引で鎖なんてかけたくない!  契約みたいに“一生愛して”なんて満足できる筈がないんですっ」 「・・・千莉・・・」 「少なくても私は銀月にそう言って縛り付けて愛されたって  そんなの全然嬉しくないですっ!そんなの・・・寂しいだけです  確かにずっと見てもらえなくて、哀しかった時もありましたけれどっ  ちゃんと銀月の意思で愛して欲しかったですよわたしは!!」 「・・・っ」 たくさんの恋をした訳ではない 自分はたったひとつの小さな恋を守り続けただけ でもわかる。契約だけの愛になんて満足できない できるはずがない 「―――・・・それに今回は私が悪いんです  依頼を全部断ってればこんな事にはならなかったのに・・・  だから責任は自分で負います!すぐに殺される事はないと思うので  ここでどうするか考えます。・・・なんとか生き延びます」 しっかりとした口調で言えただろうか、と不安になった そうは言ったものの手が震えている。いつそれに気づかれるかわからない きっと断ったら本当に元の生活に戻れる方法は無くなるのだ それだけでも恐怖なのに 罪人の扱いは酷いという。人から聞いた話を思い出すだけで震えた 目を潰されるかもしれない、耳をそがれるかもしれない 女として一番最悪な方法で貶められるかもしれない だが、そんな不可能な取引で煉笙に縋りたくない 縋ったら自分は銀月への想いを自ら裏切る事になる それだけはしたくない 千莉は一生懸命笑顔を作った 「ここまで来てもらっちゃったのに、ごめんなさい!  私は大丈夫ですから煉笙様はちゃんとご自分の事考えて下さいねっ」 「俺は・・・っ」 「綺麗で優しい奥さん貰って、可愛いお子さん作って幸せに生きてください  私にとってそれは夢で終わっちゃいましたけれど・・・  煉笙様なら今からいくらでも叶えられますよ!」 「・・・千莉のその計画に俺は入れてもらえないのかな」 煉笙の言葉に千莉は首をゆっくり横に振った そして 「私は、銀月じゃなきゃ駄目なんです」     はっきりとそう言い切った ゆるゆると煉笙の顔に哀しげな笑みが浮かぶ だが妙にすっきりしたような表情に千莉は目を細めた 「そう・・・じゃぁ仕方ないね。いいな、銀月さん  俺もそれぐらい誰かに想われてみたかったよ」 「・・・必ず出会えます」 「これで本当にさようならだ。俺はもうここには来ない  零にもそう言っておく。誰も助けられない  君は、ここで頑張って・・・・・それで」 「生きて、死ぬんです」 煉笙は静かに頷いた 一度だけ千莉を振り返り、そして来た所へと戻っていく 遠ざかっていく足音がとても寂しく感じるのは何故だろう 冷たい壁に背を預け、首を傾け目を瞑る (そういえば、こうやって銀月の帰りを待った時があったな) こうしていれば銀月は帰って来てくれるだろうか 馬鹿馬鹿しい期待を振り払い膝を抱える (・・・そう) ― 生きて死ぬ ― ただ少し、やり残した事が多いだけで ||小説目次|拍手| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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