めぐりめぐって春がくる

千莉は筑を持ってある家を目指していた 媛(えん)の国は遠い それには何かの交通手段が必要だ 馬車を雇うにも馬を買うにもお金はかかる 残念なことに彼女のお金は家と共に燃えた・・・または 銀月が持っていってしまったらしい (丁度いい金づるがいるじゃない) 千莉はある家の前で止まった 雪花の茶屋と同じく彼女のもうひとつの働き場所であるそこを 緊張した面持ちで潜ると、中の女中が千莉を一室に案内した 日が高く上ったというのにまだ薄暗いその部屋に 一瞬千莉は顔をしかめるが もう慣れた事だったので遠慮なくずかずか入っていく そして妙に豪華なベッドを見た その上には青みがかった髪をした美しい青年が 着物を適当に羽織っただけのような姿で寝ていた 太陽など知らないとでもいうような 恐ろしいほど青白いその肌をした青年を揺する 「煉笙(れんしょう)様。起きてください」 「・・・・ん」 呼びかけると青年は一瞬眉をよせ、ふるりと睫毛を揺らして ゆっくりと瞳を開けた 憎らしいくらい真っ直ぐの綺麗な髪の毛が頬から滑り落ちる その無駄に綺麗な顔をもつ男は千莉を見て優雅な笑みを浮かべた 「・・・今日は君、お休みの日じゃなかったかな  それともお休みの日まで俺に会いたくて来た?  ようやく俺のモノになってくれる決心がついたのかな」 「ふざけた事言ってるとそのお綺麗な顔に拳食らわせますよ  今日は大事な話があるんです」 「何、子どもでもできた?」 「そんなに殴られたいようですね  いいでしょう目覚めの一発です」 真面目に拳を作る千莉を見て煉笙は面白そうに笑った 繰り出された攻撃を片手で受け止めるとゆっくりと起き上がる そして悩ましげに溜息をつくと髪を掻き揚げた 「どうしたの、こんな朝早くから俺の元にくるなんて」 「朝早いって・・・もうお日様はてっぺん来てますよ  普通の人間なら働いてます」 「ほら、俺は病弱だからさ」 「毎夜女の人連れ込んであはんうふんやってる人が  病弱とは・・・・笑っちゃいます」 「何?羨ましい?千莉なら俺のハーレムにすぐに入れてあげるよ」 「馬鹿言わないで下さい!」 何故お前みたいな男に抱かれなければいけないのか 初めては絶対に銀月に捧げると誓っているのだ こんな場所で失ってたまるか そもそも千莉の仕事はここで彼の護衛だった 銀月には知られていないが千莉はある程度、いや 一般の男以上に武術には優れている。それを買われて 自称病弱というこの家の後継ぎ息子の護衛を任されているのだ それにも当番があって常に数人体制なので 千莉は休みがしっかりもらえていた その休みを利用して雪花の店で働いたり他の座敷で 働いたりしていたのだが、ある日いきなり護衛から外され 彼つきの侍女になっていた 理由をこの家の主人に聞いても言葉を濁し 他の働いている人に聞いても苦笑いが返されるので 思い切って本人に問いただしてみれば『気に入ったから』 それから何故かこの男の身の回りの世話が仕事になった 護衛より給料がよくなったので目をつぶっていたが 夜伽の相手まで仕事内容には含まれてないはずである 煉笙はからかうのに飽きたのか ようやく聞く態勢になった 「それで?どうしたの。俺に用?」 「お金を貸してください。それが駄目なら・・・  馬車か馬を貸してください」 「・・・・は?」 一瞬本気でわからないという声が漏れた しかし千莉は細かく説明する気などさらさらない 「今すぐに必要なんです。・・・必ずお返ししますから」 多分今まで千莉の稼いだお金を銀月が置いていかなかったのは 千莉に自分を追いかけてこないようにさせるためだ 茶屋やその他座敷でしか働いていないと思っている銀月は たとえ千莉が雪花や他の茶屋の主人にお金を貸してくれと頼んでも 千莉を案じて誰も貸さないと踏んだのだろう。 千莉が頑張って働いたとしても媛に行くまでのお金が すぐに集まるはずがない。だから今までの貯金を全てとったのだ だが甘かった 千莉は銀月には知らせていない仕事をもうひとつやっていたのだ この煉笙という男は先にも出したようにこの国屈指の 商人の跡取息子だ。妻は貴族の出でお金だけはたくさんある うまくいけばお金か、または馬などが借りられるかもしれない 煉笙はしばらくすると面白そうに笑み浮かべた そして千莉の手をひきベッドに連れ込むと抱きすくめる 千莉は今度は抵抗しなかった すっと耳元に唇が寄せられた 「別に構わないけれど・・・それには少し働いてもらわないと」 「・・・・」 「その体をちょうだい?優しくするよ」 煉笙の指が千莉の首筋を撫でた びくりと千莉の体が震える だがここで引いてはいけなかった 今何が大切なのか、見極めなければ 「・・・・お約束は守ってもらえますか」 「ああ。馬でも何でも持っていくといい  お金も君が望むだけあげよう」 その言葉を聞いて千莉は目を瞑った (この人は何考えてるのか、) 仁義という言葉とも程遠い所にいる人間だが 一度言った事だけは破らない 先ほど誓ったことは撤回しよう 初めては絶対に銀月に捧げようと思ったが まずは銀月に再び出会う事が先決だ ベッドに押し倒され服の帯が解かれていく ふと煉笙の整った顔が憎々しげに歪められた 「全く・・・妬けるね。どうせそのお願いも  君の大好きな“銀月”さん絡みなんだろう」 「・・・・・」 「後を追って媛に行くなんて君は馬鹿か」 「・・・さすが、情報早いですね」 やはり細かい事を言わなくてもこの男は全てを知っているのだ 「君の事だからね」 それだけ言って煉笙は千莉の首筋に顔をうずめた          *** 「ご所望の物はこれでいいのかな」 煉笙は千莉を馬小屋に連れて行くと毛艶のいい 程よく筋肉のついた黒い馬を一頭指差した 前々から千莉が「いいなー」と呟いていた馬だったので 千莉はまだ鈍い痛みの走る体に耐えながら その馬に近づいていき優しく撫でる 「よくわかりましたね」 「君のことだから」 先ほどと同じ言葉に千莉は瞠目した 「・・・・それはありがとうございます」 「千莉なら馬車よりも馬一頭だけ連れた方が早く媛につくだろう」 「そうですね」 「私も馬に乗るのは久々だから千莉の足手まといに  ならないようにしないとね」 「・・・・・・・は?」 千莉は煉笙の言葉に心の奥底からの疑問を投げつけた 何故お前まで来る、と 「煉笙様はいりません。欲しいのは馬と  お金と食べ物と水です」 「え、まだ欲しいの?この馬だけでも充分な値打ちもんだよ」 「欲しい物は全てくれると言ったでしょう?」 「・・・君、遊郭の一番の遊女よりも高くつくね」 「当たり前です。初めてだったんですから  でもあなたは要りません」 「つれないな」 煉笙は苦笑した。しかし千莉は全く信じていないが 「病弱」である彼が着いて行っても足手まといかもしれない 「でもね、君。女の子が一人だけって危ないって知ってる?」 「男装でもしていきます」 「そういう問題じゃないだろ。全く・・・  俺は優しい男だから一度関係を持った女の子は  最後まで面倒見ちゃうんだよね」 「本当に優しい男性は女の子が困っている時に  あんな悪官吏みたいに関係を強要しません」 「それもそうか」 ふとその時入り口で誰かが入ってきた気配がした 千莉が身構える。煉笙も厳しく目を光らせた だが入ってきた姿を見てその目は 面白い事を思いついたような色に変化する 入ってきたのは煉笙と同じような青みがかった綺麗な髪をした 煉笙より幼い、とは言っても千莉よりは年上に見える青年だった その端正な顔立ちに煉笙の姿を認めて少し驚きの色が浮かんだ 「兄上、何故こんな所に」 「うーん・・・女の子との約束でねぇ」 「は?」 千莉はすぐにその青年が誰かわかった。伊達にこの家で働いていない 煉笙のすぐ下の弟だ。家を継ぐ後継者ではないが 煉笙と違って浮いた噂はひとつもなく物静かな青年だった 武術にも優れていて勉学にもかなり秀でているはずだ 確か名前は―――零隆(れいりゅう) 「零(れい)こそこんな朝早くから馬の世話?」 「もう昼です」 「あれ、そうだっけ」 惚けている煉笙を零隆は冷たい目で見る ふと煉笙は顔を上げて零隆の肩に手を置いた 「ところで零、君にお願いしたい事があるんだよ  俺の大事な物を媛に届けて欲しいんだ」 「・・・・媛?」 「最近中にいてばっかりで君も体がなまっているだろう?」 「ですが、」 「大丈夫。あの両親には俺から言っておくから」 「・・・・それで、その大事な物とは?」 「ん?」 煉笙は笑顔で零隆の言葉に応じる そしてさも当然そうに後ろを指した “ 彼女なんだ ” その言葉に真面目な次男は言葉を失った。 何かとんでもない物を引き受けたことは間違いない          *** 千莉は舌を巻いていた。 あの煉笙の弟の零隆が自分の護衛として勝手につけられたが それは別にどうでもよかった 自分のペースで行くつもりだったし、遅かったら気にせず 置いていくつもりだったからだ。 しかし彼は平気な顔して千莉についてくる そればかりかむしろ自分が置いてかれそうなスピードだ (さすが、武術に秀でてると名高い零隆様) 朝稽古中、颯爽と馬を走らせる姿を見て 他の女中達が色めき立っていたのを思い出した 勿論千莉は銀月以外アウトオブ眼中だったので気にした事はなかったが あの無駄に顔のいい煉笙の弟だけあって綺麗な顔立ちをしている (絶対に子供産む順番間違えたわよ、あの家) 煉笙を何故最初に産んでしまったのか。 明らかこの零隆を先に産んだほうが一家安心だ。一族安泰。 未来永劫栄える家になること間違いなしだ それを順番間違えたばかりにお先真っ暗である まぁ煉笙も馬鹿ではない。頭だけはかなり良い男である ふと前を走る零隆が速度を落とした そして千莉を振り返る 「おい。そろそろ休むぞ」 「え・・・休むって・・・っ!まだちょっとしか進んでませんよ!?」 「馬の体調も考えろ。持続的に走りたいなら  定期的に休みを取らなければ馬が駄目になる」 「・・・・・」 「それにもうじき暗くなる。この時期は日が落ちるのが早い」 確かに空は気がつけば紫色に染まりつつあった 結局零隆に言われるままにその場で休みをとった 近くの川で馬に水を飲ませ自分達も水を飲む 千莉はさっさと木の枝などを集め火を焚き食べ物を取り出す 零隆の分も用意しながら、それでも落ち着かない心境で 苛立ちまぎれに手を握り合わせたりせわしなく立ったりする 今こうして休んでいる間に銀月との距離は離れていく ふと千莉は地面に座って火に小枝をくべている零隆を見た そこに近づいていき頭を下げる 「私の意志でないにしても巻き込んでしまって  申し訳ありませんでした、零隆様」 「・・・・兄上の気まぐれだ。気にするな」 「いえ・・・それでも私の責任です。私独りでも  媛は目指せます。どうぞお帰りください」 そう言うと零隆は溜息をついた 最後の長めの枝をぽきっと折り火に投げ入れる 「あなたは自分が何をしようとしているのかわかっていないようだ  媛を目指してるんだぞ  あそこは荀が次に乗っ取ろうと目論んでいる国だ  荀の軍はもう桃水(とうすい)まで来てると聞いた  そうなれば媛の付近は危ないだろう」 「・・・・何故ですか」 「荀が媛に乗り込むのと同時に  強盗を働こうとする馬鹿が増えるからだ。特に国境付近はな」 「・・・・」 「それで女一人身となれば何があるかわかったもんじゃない  馬の腕を見ても普通の女よりはできるようだが  人数差でどうにもならない事だってあるだろう」 性格は全く違うが、煉笙と同様かなり紳士的であるらしかった 零隆は立ち上がると馬から外した袋の中から 厚手の布を一枚取り出し千莉に投げてよこした 「羽織っていろ。夜は冷える」 「・・・・」 「気にしなくていいんだ。兄上の言うように  私も体がなまっていたからな  媛まで乗馬なら文句ナシの運動だ」 相変わらずその顔は無表情だったが 千莉は危うく本当にあの煉笙様とご兄弟ですか、と 聞きたくなった。なんだこの人としての差は 申し訳なくなってきて千莉は溜息をついた ふと零隆が呟く 「それにしてもあの人に何か頼むなんて  あなたも勇者だな」 「そうですか?煉笙様は性生活は最低ですが  約束だけは守りますから安心ですよ  まぁ対価は零隆様のご推測通りですが」 「・・・・申し訳ない」 「それにこうやって私が外に行く事を  許してくれる人が少なかったんです」 「そうだろうな。今媛に行くのは賢くない」 ぱちぱちと炎が揺らいだ そう言えば都を出てから零隆は一度も「どうして媛に行くのか」と 聞いてこない。興味がないだけかもしれないが それが少し不思議だった。もしかしたらあの煉笙から 何か聞いているのかもしれないが・・・・ まぁまともに話したのもずっと馬に乗っていたので 実は今が初めてではあるのだが 不意に千莉は手が寂しくなった 突然筑が弾きたくなったのだ 荷物袋から愛用の筑を取り出す これだけはどうしても置いてこれなかった 「・・・一曲、弾いてもいいですか」 「そんな物をいれてきていたのか」 「はい。これだけは・・・すごく大切な物なので」 千莉は銀月を思い出して胸が苦しくなった 血溜まりで短剣を持って立っていた銀月 抱きしめて最後まで優しい言葉を言っていった ― 待っててね、 ぎゅっと拳を握り締める あなたのいない生活なんてありえない ぽろん 昨日と同じような闇が広がる中、筑の音が美しく響いた 思うが侭に一曲奏で終えると 聞いていた零隆が驚いたような顔をしていた 「その筑・・・あなたのだったのか」 「・・・・?」 「屋敷でよく弾いていただろう。随分腕が立つとは思っていたが  まさかあなたが弾いているとは思わなかった」 「・・・煉笙様によく言われて。こっちは副業に使ってましたから  それに大事な商売道具でもあるんです」 「副業?」 「お座敷でよく弾いてたんです。あと宴会とか  結構評判で、これのおかげでお仕事には困りませんでした」 そう言って笑う千莉に零隆は一度視線をやるとそうか、とだけ言って 自分も一枚布を取り出してきて体に巻き転がった いつでも応戦できるように剣を側に置いているあたり こういうのには慣れているのだろうか 千莉もまた布をはおり地面に転がると目を閉じた 筑を横に 銀月の代わりに寂しさを埋めるように置いて              *** 炎が燃え盛っている お母さん、お父さん、 呼びかけているのに目の前で転がる―転がる?―2人は 何も反応してくれない。ただ目がかっと開いていて虚ろだった 火の手が周りを囲んでいる 人々の叫び声、悲鳴がひっきりなしに響いてくる その時ふと誰かに抱き上げられた ― ぎんつき 銀月、銀月、 千莉はその抱き上げてくれた人物の名前を呼んだ だがそれも一瞬にして別の映像に変わる ― 愛してるよ、千莉 ― 血溜まりに立つ姿 寂しそうに笑って遠くに消えていく だめ、消えちゃ 待って銀月、置いてかないで 銀月―――――――・・・ 必死に手を伸ばした。すると誰かがその手を 握ってくれた気がした ああ、銀月。戻ってきてくれたの? |小説目次|拍手|| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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