めぐりめぐって春がくる

「・・・・夢か」 千莉ははっと目を覚まして起き上がった あの時手を握り返してくれた銀月はやはり幻だった うっすらとだが辺りは明るくなってきている 零隆の方を見ると、既に彼の姿はなく いつ起きたのか身支度を整え長い腰まである髪を ひとつに纏めあげている所だった 零隆は千莉に気が付き髪をまとめる手を下ろした 「起きたか」 「!」 「すぐに行くぞ。今日も昨日の勢いを保てれば  媛の5つ前の町まで行けるだろう」 「は、はいっ」 千莉は水を飲み干し肉を食べると 早々に馬に荷物を積み上に跨った 橙にも近い金色の髪をくくって馬の腹を蹴る 走っている間は2人とも無言だった 時折休息をいれて町を目指す 零隆の助言のお陰か馬は速度を落とす事無く走りつづけた そして零隆の言った通り日が暮れる頃に 5つ前に位置する大きい町についた なかなか賑やかで人通りも多い それもそのはず、この町は隣国の都市である 昔伝説で店の軒で雲ほどの陰ができ、人の汗で 雨が降ると聞いた。それぐらい人の多い町である 零隆は馬から下りると千莉に言った 「昨日は野宿だったから今日は宿を取ろう」 「はい。それと食料も調達してきます  零隆様は宿の方をお願いできますか?」 「わかった。じゃぁ半刻過ぎたらここに集合にしよう」 二人は別れ零隆に馬を任せた千莉は大通りへと出て行った 大勢の人々が笑って何か話している 元気のいい声があちこちから響いてくる 2日前はこの景色は銀月とのものだったのに 「・・・・銀月」 呟いた声は人々の雑踏にまぎれていった 誰も拾うことはない声 千莉は唇をかみ締めその大通りに混じっていった ある程度の物を買い集めてくると 一つの店の前で千莉は足を止めた 数秒考えた後そこでも物を購入し待ち合わせ場所へと向かった 既に来ていた零隆と宿屋に向かう 案の定の羽振りのよさ、さすがお金持ちと言わんばかりの 豪華な宿屋だった。昨日とは雲泥の差である 「兄上が好きなだけ使えと言ったんだ。構わないだろう」 「・・・・はあ」 それにしたってかなりの高額だろう 部屋に風呂がついている宿なんてはじめて見た、千莉は思った 零隆はさっさと風呂に入り着物を新しくする 千莉もそういえばすっかり砂だからけだったと思い お湯で体を綺麗に洗い流して新しい服を取り出した ついでに今までの服も全て宿の人に洗濯を頼んだ 「零隆様、お茶を入れましょうか」 「?・・・ああ、そうだな。頼む」 「はい」 簡易台所でお湯を沸かし茶葉をいれる 花茶だったのかガラス器の中で茶葉が花開いた それをゆっくり茶器に注ぐ 零隆は礼を言ってそれを受け取って口につけた そしてふと小さく口を開く 「あなたは・・・兄上が恐くないのか」 突然の呟きに千莉は首を傾げた 何故いきなり煉笙の話が出てくるのだろうか 媛に行く理由を聞かれるだろうとは思っていたが まさか煉笙について聞かれるとは思わなかった 「昨日、あなたは兄上を信頼できると言った  だが・・・恐くはないのか?」 「・・・・・ああ」 そこまで言われてようやく千莉はわかった。あの噂を言っているのだ そういえば雪花にも心配されたな、と思い出し笑う 「“煉笙様が女を喰らう”、という噂でしょうか」 「・・・・」 「まあ食べますよ。しょっちゅう女の子ベッドに連れ込んで  食べるだけ食べてます。そりゃもう好きなだけ」 「・・・・・・・・・・・」 「でも、それだけです」 「しかし・・・兄上付きの女たちは数ヶ月すると突然消える  誰も行く末などしらない。しかも兄上が望んで  世話係にした女ばかりだ。人肉を喰らうなど馬鹿な話だと思ったが  それも一度や二度じゃない」 「じゃぁきっと私も食われた事になってるでしょうね」 「?」 千莉の言葉に零隆が変な顔をした それに苦笑して千莉は茶器に口をつける ほのかに甘い香りが漂ってきた 「煉笙様が望んでお付きにした女ばかりが消えているのでしょう?  いるじゃないですか、ここにもそういう女が」 「・・・・・まさか」 「煉笙様はこっそり力を貸してやっていたのだと思いますよ  私もおかしいと思って前に消えた子を調べていたら  どうやら父親が罪に問われていたらしく  その子も調べ上げられそうだったらしいです  多分煉笙様にお願いしたのでしょう。“助けてくれ”と  今掴まったら無実だろうが有罪だろうが大した取調べもされず  あっという間に死刑です。女だったら身売りでしょう」 「・・・・・・」 「そういう方です」 だからこそ頼めたのだ。煉笙なら何とかしてくれる 現に千莉も雪花に何も言わずやってきた もとより二度と彼女の所には戻らないつもりだった だから筑を持ってきたのだ 零隆は無言になった。花茶の甘い香りだけが部屋を漂う 「・・・・零隆様?」 「・・・確かにそういう人だな。少しでも噂を  真に受けそうになった私が馬鹿だった」 「あ、そういえば零隆様。少しよろしいですか」 千莉は丁度買ってきた物を思い出して零隆に問い掛けた 零隆はよくわからずに頷く すると千莉は何も躊躇わず零隆の服の前を大きく開けた 「・・・・!?」 「やっぱり赤くなってますね」 わき腹と胸板の部分が赤くなっているのを見て 千莉は顔をしかめた。自分もそうだが 馬に乗っている最中に服との摩擦で擦れたらしい いくら武術に秀でいているからといって あれだけ長時間馬に乗って走りつづけていればなる 薬の入った小さな箱を開け塗ろうと指先にそれをとった 途端零隆が慌てて後ずさった 今まででは考えられないほど慌てている 「あ・・・」 「あ、じゃない!あの兄の弟だって事忘れてるんじゃないか!?  兄上に何をされたか思い出してみろ!そう簡単に人の服を脱がすな!」 「でも、薬・・・」 「それぐらい自分で塗る!」 「駄目ですって!これぐらい働かないと申し訳ないですっ」 「遠慮するっ」 「照れなくても襲いません!心配しないで下さい!」 「その逆の可能性を心配しろっ!何故男の俺が  女のあなたに襲われる心配をしなくちゃいけないんだっ」 何やら変な話の方向になってしまった だが数分後結局千莉に根負けして零隆が折れた 丁寧に肌に薬を塗りこんでいき、保護するように包帯を巻いておく 「馬にあれだけ乗っていればそうなるでしょう  私もさっき塗りましたし。明日は潤滑剤塗っておきましょうね」 「・・・・ああ」 「まだ納得いかないんですか?煉笙様なんて  こういう時嬉々として塗らせてましたよ  女の子の裸ハーレム作ってやってましたよ」 「・・・あの兄上と一緒にしないでくれ。あれは真似できない」 「そういえば零隆様の浮いた話はひとつも聞きませんよね  あの煉笙様の弟様なのに・・・」 「ああ。女に囲まれるのの何がいいのかさっぱりわからない」 「零隆様、ちょっとそれは健康男子としてどうなんですか  少しくらいそういう欲望持ってるでしょう!」 「持つか!」 「もしかして男の人好きとかそういうヤツですか!?  あの煉笙様と血が繋がってたら酒池肉林とか  一度は経験してそうじゃないですか!」 「そんな時間があったら一冊でも多く本を読んでる!」 その声を聞いて千莉は床に手をついた この台詞をあの煉笙に聞かせてやりたい 本当にどこで間違えたのだろう しかし逆にここまで頭が固いと後継ぎ問題に困るのだろうか いや・・・だからといって煉笙では後継ぎ出来すぎ問題がおこるだろう 何で丁度いい感じに生まれてこなかったのか 「・・・そう言う千莉だって兄上が初めてだったんだろう  普通の女の平均にしてみれば遅いんじゃないか」 「言っておきますけれどね、私のは特例です  私は心に決めた人がいるんです。その人の為に  取っておいただけなんです!ちょっと手違いがあって  別の相手にあげる事になちゃっただけで」 「・・・・。」 「でもその人の為だから捨てちゃいました  その人といる事が私の望みですから  抱かれたいとかそういうのは後回しです」 恥じる事無く堂々と千莉がそういい切ると 零隆は目を丸くした 「・・・・本当にその相手が好きなんだな」 「大好きですよ、世界で誰より」 「そうか。それは・・・幸せだな」 零隆は2つ並べてあるベッドの片方に寝転がった それから少しして寝息が聞こえてくる 千莉は零隆にちゃんと布団をかけると 茶器を片付け自分はもう一つのベッドに体を倒した (昨日は多分ずっと起きていてくれたんだろうな) 零隆はかなり真面目な性格らしく 任されたからには呑気に眠ったりしなかったのだろう その証拠に走っている最中にも何度も目をこすっていた 安眠効果のあるお茶を出したりもしたのだが ようやく休ませてあげられてよかった 「・・・・ありがとうございます」 お礼を言って千莉も目を閉じた 煉笙は確かに一番安全な方法で願いを叶えてくれる 何を対価にしても良かったと思える物を出してくれる あの馬もかなりいいやつだし、零隆も誠実だ。信頼できる よかった。 千莉も襲ってきた眠気に身を放り投げた             *** 丸々2日、大した休みも取らず馬を走らせていた 何頭も馬を乗りつぎ走りつづけただけあって 媛の国に入る大きな門が見えつつあった (あのくそじじい・・・最初から“行き”の分だけだったのか) 今乗っている馬も、乗り継いできた馬も 全て唐光が行きに使ってきた馬だ。だがどれも一頭ずつ。 2頭あれば銀月と共に向かう意志が見えただろうが 生憎全て一頭だけなのだ。 つまり最初から死ぬつもりでやってきたという事だ (・・・・千莉・・・) 彼女には見せたくない場面を見せてしまった よりにもよってあんな惨状を ちゃんと彼女は立ち直れているだろうか 自分が離れてもやっていけるだろうか 「ごめんね、千莉」 満月が煌々と輝いている きゅっと銀月は唇をかみ締め目を閉じた             *** また夢を見た また銀月が離れていく また自分は手を伸ばす 銀月・・・! そして昨日と同じように誰かが握ってくれた 「・・・・・・っ」 慌てて起き上がるとびっしょり汗をかいていた 隣を見るとすでに零隆の姿はない 飛び跳ねる心臓を落ち着け汗をぬぐう (大丈夫よ・・・もう、媛は近いもの) 「起きたのか、水・・・飲むか?」 「あ・・・頂きます」 簡易台所から姿を見せた零隆は気遣わしげな視線を千莉にやった そして水の入った器を差し出す それを受け取って飲むと大分心臓も納まってきた 零隆が隣に座り千莉の背中をさする 千莉ははっと顔をあげ零隆を見た そうだ。きっと昨日も、今日も手を握ってくれたのは――― 「零隆様、ありがとうございます」 「?」 「手を・・・握ってくださって」 「大分魘(うな)されていたからな。気にするな」 「・・・・」 軽く背中を叩いて零隆は立ち上がった そして窓際に向かいその綺麗な青い髪を無造作に ひとつにたばねて前に垂らす そうするとまるで兄の煉笙のようだと思った 「そろそろ夜明けだ。何か食べてからいこう」 「あ、私がおつくりします」 「作れるのか?」 「一級品ですよ」 千莉は笑った。何と言ったって銀月の嫁になりたいと 料亭の主人に頼んで弟子入りしていた経歴を持っている 銀月に少しでもおいしい物を食べて欲しくて 頑張ったからその腕だけは確かだと誇れた 簡単な物をいくつか作るとそれを食べた零隆が 感心したような溜息を漏らした 「すごいな。千莉が何故兄上の護衛なんかやり始めたのか  わからない。これぐらいの腕なら普通に厨房で働ける」 「お給料の問題です」 「・・・・。」 貯めていたお金の使い道、勿論それはもうなくなってしまったが 千莉はそのお金で結ばれた暁に銀月との新婚旅行を計画していた もっと家も大きくするつもりだったし服も替えて、 そうやって新婚生活に役立てる算段だったのだ ―今となっては全て儚い夢のようだが。 宿を出る頃にはうっすらと東の地平線から明るい光が漏れていた 徐々にあたりをオレンジ色に染めていく それを見た千莉は白い吐息を漏らしながら目を輝かせた 「わぁ・・・!綺麗ですね。昨日は必死すぎて  こんな風景に目が行きませんでしたが・・・  ・・・夜明けってこんなに綺麗なんだなぁ」 「・・・・行くぞ。媛まであと少しだ」 「はい!」 そうして街から2騎の馬が飛び出していった その蹄の跡がゆっくりと登る朝日の光に当てられ黒い影を作った 影は真っ直ぐ媛へと向かう |小説目次|拍手|| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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