めぐりめぐって春がくる

銀月は壁に寄り掛かりながら唇を抑えた 一体、何だったんだ まさか接吻をされるとは思っていなかった (幻・・・じゃなかった) 親家族に対する愛情を示す口づけは唇じゃなくて別の場所にしなさいと しっかり教育していなかったのが駄目だったか 銀月ははぁとため息をつき頭を抱える まさか本当にそこまで思ってもらってるとは思わなかったのだ きっと「銀月いなくなっちゃったけれど、これでお荷物消えたしー あとは稼ぎまくって好き勝手に暮らすわよー」ぐらいの 心持でいてくれると思っていた だが彼女はやってきた。やってきて、一緒にいたいと言ってくれた それがどれだけ嬉しかったか そして同時に厄介な思いにも気付いてしまった 「まさか好きだったとは・・・」 千莉に寄せる物は妹を可愛がるみたいな物だとばかり思っていた しかし唇を合わせたとき、 そのままでいたいと願った自分がいたのだ 「・・・幼女趣味ではないと思ってたのに・・・」 12歳年下の少女相手になんてザマだ。情けなさ過ぎる よくこれでずっと何も無いまま一緒に寝れた物だ 過ちのないまま気づいてよかった 危なく変態扱いされて、大好き、じゃなく大嫌い!といわれる 所だった。ギリギリセーフだ そんな事言われたら立ち直れなくなりそうだ 不意に扉がこんこん、と叩かれた 頬を数回叩いて意識をはっきりさせると出迎えに行く そこにいたのは照葉だった 「ごめんなさいね、こんな時間に」 「いいですよ。僕も暇でしたし。どうしました?」 「あの・・・昼、えっと、一人誰か来なかったかしら」 銀月はどきりとした。千莉の事がばれてるのかもしれない 「い・・・いえ、誰も来ませんでしたけれど・・・」 「そんなはずないでしょう。何もなかった?」 あの猿男、いや氾将軍が来たというのは女官から聞いている 結果がどうか気になったんだが肝心の氾は何故か 部屋でがたがた震えて話しができない状態だった それで銀月の元に来たのだが 銀月は更にぎくりと身をすくませる 刺客に想い人ありなんて一番いけないパターンではないか 恋しい誰かがいれば腕が鈍る。とっさの判断が出来なくなる 「いえ、本当に誰も・・・」 「・・・そ、う?ぶちのめしてくれると思ってたんだけれど」 「は!?そんなのできる訳ないでしょう!あんな可愛い子にっ!  ・・・じゃない、えっと、だから誰も来てませんよー」 「あれが・・・可愛い?」 照葉は心底信じられない顔をした あの猿男が可愛いなんて・・・この男 ほわほわした顔してやはりそういうのが好みなのか 道理で美人の女官をそろえても誰にも手をつけないハズだ 一方銀月は照葉の表情を見て不機嫌な顔をした 千莉は確かに十人並みだが可愛いはずだ 色々な欲目を除いたって可愛いと断言できる バレているのなら隠すのはやめてはっきり言おうと思った 「可愛いですよ。“大好き”っていう時の表情は  特に素晴らしく愛くるしいです」 「・・・・大好き・・・」 もうそこまで進んでいるのか。 一体今日一日で何があったのか。 そういう世界があるとはある程度照葉も知っていたが 身近でこんな事が起こるとは思わなかった しかもなんでこの美男子がよりにもよってあの猿男に・・・ 女官が事実を知ったら泣くに違いない 2人の会話はかみ合っているようで全くかみ合ってなかった 「・・・そ、それで本題なんだけれど」 「・・・はい」 大きな誤解を残したまま照葉は本題を切り出す 「これを貴方に。今日届いたの」 「・・・・・」 出された箱を銀月は眉をひそめて受け取り 丁寧に箱を開け中に入っている物を出した それは一本の短剣だった 「・・・これは?」 「猛毒の塗ってある刀よ。一番切れ味のいい物を選んで寄越したの」 「・・・・・」 「少しでもかすればすぐに死ぬ。小さい傷で  あっという間にあの世逝きの刀よ」 「これを、使えと」 「それは貴方に任せるわ」 銀月はそれをじっと見つめやがて箱に戻し己の横に置いた 使うかどうかはわからないが 受け取っておいて不便な物ではないだろう 「・・・照葉様。ひとつお頼みしたい事が」 「何かしら」 「僕には昔唐光先生の刺客集団にいた時  ずっと相棒をやっていた人間がいます  その者を連れて行きたいのですが」 「・・・素性は確か?」 「はい。保証します」 「なら頼むわ」 銀月はこっくり頷いた そしてずっと考えていた事を話す 「貴女に頼まれた“荀の王の暗殺”ですが・・・」 「?」 「成功すればこの国が攻められる可能性は無くなるでしょうが  何分荀の王は臣下すら信じないと言います  果たして近づけるか・・・もし失敗すれば  逆に向こうがこの媛の国を攻める確固たる理由になりますよ」 「・・・・失敗する時の話は、したくないわ  成功させるために貴方を呼んだんだもの」 「・・・・・」 「もう夜も遅いわ。私はこれで失礼するわね」 「・・はい」 銀月は軽い礼をとって出て行く照葉を見送った そしてもう一度あの刀の入った箱を見て それをゆっくり手で撫でた              *** 「ありえませんよーもう本当にあの馬鹿男ー」 「飲みすぎじゃないのか・・・?」 「いいんです。まだ付き合って下さいよー、はーやってられません  もっと可愛い子じゃないと駄目なんですかねー、男の人って」 「・・・・・」 千莉は自棄酒をあおっていた それに付きき合わされている零隆は好い加減頭が痛くなってきた こうやって文句ばかり言っているのに最後には絶対に 「それでも好きになっちゃったんですよー」とつくのだ だからどうしょうもない 「・・・それでも、あなたは諦めないんだろう」 「!」 「それとも言う通りに帰るか?」 「・・・・いえ。明日は押し倒しにいきます」 「ぶっ」 飲んでいた酒を吹いた 千莉は「わぁ、汚いですねぇもう。これ高いのに勿体無い」 とか言って平然と机や服を布巾で拭いている 昨日もそうだったが、発言のひとつひとつが大胆ではないか? 酒が入ってるせいもあるだろうが・・・ 「あああ、あなた!押し倒しにいくって・・・!」 「だってそれしかないでしょう。私にお色気なんて無理なんです  こうなったら私が襲いに行くしか方法がないと思うんですよねー  今日もばっちり唇奪ってやりましたよー」 「・・・・;」 「幸い向こうは優男なんで簡単に押し倒せると思いますよ  あとは手を縛って薬盛って抵抗できないようにして・・・ふふふ」 「わ、私は一切協力しないからなっ」 「え、酷いです。ここまで来たんですからもう共犯ですよ」 「やめてくれ!」 そうやって他愛ないちょっと犯罪混じりの話が続いて 千莉は不意にうつ伏せになると寝始めた ・・・なんて性質の悪い酔っ払いなんだ 零隆は自分の上着を脱いで肩にかけてやる ふとくすくす笑い声がして振り返ると滝が 新しい酒を持ってやってきた所だった 「零隆様、いいお友達が出来ましたね」 「・・・友達?これがか?」 「何だかんだ言って楽しそうですからもの  零隆様が誰かの自棄酒に付き合って、しかも  寝る人にご自分の着物をかけてあげる日がくるなんて  私は感動でもう涙が・・・」 「失礼だな。それぐらい何度も・・・」 ある、と言いかけたが止まった 全く記憶にないのだ。そもそも友人と呼べるものが この滝の息子である乳母子ぐらいな気がする 専ら仕事に忙しくて同じ年頃の人間と喋る自体少ないのだ そう考えると彼女は珍しく友人と呼べるものなのかもしれない ・・・随分数奇なめぐり合わせではあるが 「それにしても本当に可愛らしい素直なお嬢様でいらっしゃる事」 「・・・・素直すぎるだろう」 「いいじゃないですか。本当にその男の人が好きなのでしょう  残念でしたねぇ、零隆様」 「?何が残念なんだ」 「いえ、折角仲良くなった女性でしたのに、もう決まった方がいて」 「やめてくれ・・・これを妻にしたら私の身が危ない」 あの薬盛って手を縛って、のあたりの千莉の目は本気だった 心底青くなる零隆に滝がまたからから笑った 「あのお兄様といい、千莉様といい、零隆様は  面白い方がたくさん周りにいて楽しそうですね」 「・・・本当にそう見えるか?」 「はい」 「・・・・そろそろ老眼になってきたんじゃないか」 「明日のご飯、零隆様の“だーいすき”な  菜の花のおひたしにしてあげます  喜んでください。全面菜の花のおひたしですよ」 「や、やめてくれ!悪かったっ」 「わかればいいんです」 本当の母より長い時間いた彼女にはどうしても勝てない 零隆は苦笑して残った酒を飲んだ かなり酔ってきたらしい。ふらりと立ち上がった 「あら、もうお酒はいいんですか?」 「これ以上飲んだら明日が大変だ」 そう言って零隆は千莉を椅子から軽々と抱き上げると部屋を出て行った 滝は空になった酒の瓶を片付けながらその後姿を見送る 本当に、あの子も成長した物だ 「・・・あら、視界が・・・」 熱くなった目頭を布でふき取り滝は あの子に友達が自分の息子以外にできる日がくるなんて、と かなり失礼な事に感動しながら片付けを続けた   ・   ・   ・   ・ 一方千莉を部屋まで運んでいった零隆は そこにいた侍女を下がらせ、千莉を寝台に下ろした 布団をかけてやり脇に座る そして滝の言葉を思い出した 「・・・まったく、とんだ友人を持ったものだな」 しかし言葉と違ってその顔は優しい わしゃわしゃとその明るい金色の髪をかき混ぜる 指どおりの良さが少し意外で驚いた しばらく寝顔を見つめると 溜息をついてぼさぼさになった髪を手櫛で直してやり 静かに腰をあげると部屋を出て行った 暗くなった部屋で千莉の寝息だけが 規則正しく聞こえた |小説目次|拍手||
長さが各話バラバラ過ぎますね。前回が19KBだったのに今回は9KB まったく急展開が見れないまま あと三話で終わりという恐ろしい事になってます(どうするんだ) 逆ハーと謳ってるのに本格的に逆ハーになるのは第二部からなので 期待していた方申し訳ありません; でもどうしても第一部は千莉の銀月好きっぷりを書きたかったので抜かせなかったんです (完全なる欲望の塊ともいう) 私にしては珍しく猛烈に女→男の小説の上、少しシリアス混ざるので 今までにない類の物になるかと思いますが今後もよろしくお願いいたします 感想などよろしければ拍手やBBSを通して戴けるとうれしいです 飛んではねて喜びます(笑) 駄文失礼いたしました (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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