10万ヒット御礼 めぐりめぐって春がくる番外編

秋、  実りの秋・収穫の秋。 あちこちのお座敷に呼ばれれば収入も増える。 食卓にもおかずが一品増えるというものだ。 「天高く・・・千莉肥ゆる秋・・・」 「なんかいった?銀月」 「あははー気のせい気のせい」 「っもう!おばちゃん、ご飯もう一杯おかわりっ」 奥からあいよーと元気な声が返ってきて、 いそいそと手を布で拭きながらおばちゃんが出てきた。 前に座った銀月からはまだ食べるの!?って 非難の声があがったけれど気にしない気にしない。 「んー!美味しいっ!この栗の甘みが  ご飯といい具合にあわさってほっかほか!」 「千莉・・・美味しいからってそう何杯も・・・」 「仕方ないのっ!秋は収穫祭とか豊作祭とかで  お座敷に呼ばれる事も多いからお腹だって減るのよ」 でもおかげで貯金は貯まっていくし、 冒頭に書いたみたいにおかずを一品増やす事もできる。 ただちょっと最近忙しすぎて家でご飯を食べていない。 専ら私が夕飯つきのお仕事だったり 銀月がまた最近忙しくなり始めたり・・・そんな理由で。 最後に残していた栗を箸ですくい口に入れると、 後ろでおばちゃんがカラカラ笑った。 「いやぁ、千莉ちゃんはほんとに美味しそうに食べてくれんねぇ」 「だって凄く美味しいんだもの!」 「たくさん食べてくれんのは有り難いけどね  太らないように気をつけんだよ?」 「・・・おばちゃんまでそういう意地悪言う」 「まあ今の様子じゃもうちょい太った方が健康的だね  仕事に根詰め過ぎてるんじゃないかい?」 「大丈夫大丈夫!折角の稼ぎ時だものっ  へばってなんかいられないわっ」 そう言って笑ってみせると銀月がガラッと席から立ち上がった。 それを合図に会計を済ませて店をでる。 相変わらずこの街は賑やかでお店から怒声にも似た集客の声がとぶ。 秋の空は高くてちょっとだけ冷たい風が頬を撫でた。 「千莉はまだ仕事が入ってるんだよね」 「うん。でも今晩は家で夕飯が食べられそうなの  陽が落ちるまでには帰るね」 「じゃあ僕も家にいるようにするよ」 「銀月は今日はどこにいくの?」 何気なく話の流れで聞くと銀月がビクッと妙な揺れ方をした。 「・・・し、仕事だよ?仕事。あはは」 「・・・銀月?」 「あらまぁ銀月さんじゃないの」 不可解な動きに眉をひそめた刹那、 突然道の向こうを歩いていた女の人が声をあげた。 つかつかと近づいてきたのは綺麗な顔した女性で 羨ましいくらいふくよかな膨らみに たっぷりした黒い髪が“大人の女”って感じがする。 ・・・この人、誰? 「あ、こんにちは。紅涼(くりょう)さん」 「これからお店来てくれるのかい?」 「はい」 「うちの子達が喜ぶわぁ。うちもお店行くけど  良かったら一緒に行かん?・・・あら  そちらのお嬢さんは・・・・」 「千莉と言います。初めまして」 頭を下げてちらりとくりょう、と呼ばれた女性を見る。 赤い唇が印象的で、彼女は数回瞬きをすると あぁと何か思いついたような声を出した。 「あなたが千莉ちゃんねぇ。銀月さんがよく話してるわよ  今年の秋だって」 「へっ」 「っ紅涼さんっ!早く行くんでしょう!?行きますよ」 「あらあら、そうだねぇ。・・・ふふっ  お楽しみの時間が減ってしまったら残念だし行きましょうか」 「じゃ、じゃあ千莉気をつけて帰ってくるんだよ!」 そのまま半ば強引に紅涼さんの腕をひいて銀月が雑踏の中に消えた。 残された私と言えば立ち尽くしたまま言葉を反復する。 (お楽しみの時間・・・?) お楽しみ・・・お楽しみ・・・・・・・・ (〜〜〜〜〜〜〜〜っぅ!) 卑猥な想像に繋がる頭を慌ててガンガン横に振った。 まさか!まさか、そんな・・・・っ でもあれほどの綺麗な人だったら銀月に釣り合ってるし! 何より体つきとか凹凸とか胸とか・・・っ! (に、人間中身と言うけれど・・・) フラフラと歩き始めながら頭を抱える。 何分まだ私だって中身は磨き途中だ。 そもそも銀月に誰もそういう人がいないと、 今まで信じてきた事自体おかしいのかもしれない。 「うぅ・・・知らない方がよかった・・・」 きっと夜最近遅くなるのもそういう事してるからかもしれない。 (人が頑張って働いている時に  向こうは美女とあはん、うふんしてるんだ・・・っ) 悔しいというかなんだか滑稽な感じがして再びため息をついた。 不意ににポス、と何か柔らかいものに当たった。 「あ、すみま―――・・・零隆様!」 「・・・・兄上の」 視線をあげた先には何か読みながら歩いていたらしい零隆様がいた。 気づいて辺りを見てみればいつの間にか仕事場に来ていたらしい。 零隆様はこの屋敷で私の仕えている煉笙様の弟君にあたる。 病弱で室内にばっかりいる煉笙様とは違って 馬術や剣術にも長けている方だ。 あまり話した事がないから 顔を知って貰っているなんて思わなかった。 零隆様は本を閉じると私を一瞥した。 「兄上は部屋にいる。昼の分の薬は飲んだ」 「は、はいっ!ありがとうございますっ」 「失礼する」 横を颯爽と歩いて抜ける姿は二歳年上と思えない程威厳がある。 (っ、とにかく今は忘れるのよ!気持ちを切り替えないと!) ちょっとぐらいの衝撃、なんて事ない。 拳を握って門を入った。                  *** 「・・・・・またですか」 「ああ千莉、やっと来たね」 私は部屋に入って思わず呟いてしまった。 寝台の上の煉笙様の両腕には美女が2人しなだれている。 私を認めると煉笙様は目配せして二人を下がらせた。 「あっちもこっちも皆さんお楽しみ中ですか・・・ハッ」 「え、何やさぐれてんのさ」 「何でもないですっ!はあぁぁぁぁ・・・  ・・・ここ空気悪いですよ、換気しましょう」 「千莉の機嫌の方が悪そうだけれど」 煉笙様の言葉を無視して戸をあけ風をいれる。 ちょっと冷たい風が入ってきて、 ただでさえ薄着をしている煉笙様のために厚手の上着をとった。 「何か温かい飲み物をお持ちしましょうか?」 「じゃあ、酔い醒ましに白湯をくれるかい」 「お酒は駄目だってお医者様に言われてますよね」 「まったく、人生の楽しみを奪わないで欲しいよ」 煉笙様はそう言って薄い水色の髪を耳にかけた。 言われた通り白湯を用意して、邪魔そうにしている髪を結う。 緩く髪をまとめて三つ編みにすると、 白湯をお茶のようにすすりながら煉笙様が口を開いた。 「それで、そんなに眉間に皺よせてどうしたんだ?  可愛い顔が台無しで勿体ないよ」 「・・・何でもないです」 「そんな顔した侍女はいらないんだけれど」 「うっ」 すげなく返されて困った。 比較的楽で時給のいいこの仕事を失くすのは痛手だ。 でも言うのも躊躇われて迷っていると煉笙様が後ろ手で手首を掴み そのまま引っ張られ隣に強制的に座らされた。 「さて、君がそうなるのはどうせ銀月さん絡みだろ?話してごらん」 「い、言えませんっ」 「俺達の間に隠し事はなしだろう?ここまで深い関係なのに」 「誤解を生むような発言もやめて下さいっ!  煉笙様なんて体の8割くらい秘密で出来てるのに  私だけ話すのは公平じゃないですかっ」 「じゃああと2割くらい知ってみる?」 ちらりと胸元を寛げ肌を見せてそう言う煉笙様に、 それでもあと6割は未知なんですね、と呟いて距離をとった。 すると煉笙様がポツリと何か呟いた。 「柳楊」 「・・・・」 「劉姫」 「っ何なんですか」 「藍蘭」 「・・・・あの煉笙さま?」 「紅涼」 「!!」 くりょう、という単語にピクリと体が動いた。 おや。と煉笙様が漏らしてにやりと笑った。 ひぃぃぃっ!つい反射的に・・・っ 「大体わかったよ。銀月さんが紅涼と話してるのを見て  自信喪失して落ち込んでるんだろう」 「な、何を・・・」 「まあ紅涼は見ての通り屈指の美人だしね」 「紅涼さんを知ってるんですか!?」 「知ってるも何も知らない男の方が珍しいだろう」 何なんだろうその意味深な物言いは。 じっと見つめると煉笙様はちょっと笑って立ち上がった。 卓上の本を手に取りパラパラめくる。 (って・・・!) 「今ので終わりですか!?」 「だって、俺には言えないんだろう?」 「全部お見通しなのに意地悪しないで下さいっ  何なんですか、その紅涼さんって!」 「さあね」 「さあねって・・・・・・・っ!!!」 食いかかろうとした矢先、 開け放した扉の外でキラリと光る物が視界にうつった。 反射的に煉笙様の腕をひき床に伏せさせて扉を閉めた。 ガツンッ 案の定窓には、さっきまで煉笙様がいた位置の延長線上に 矢が刺さっていて、窓にヒビが入っていた。 「おお、今度は頭を狙われてたね。  千莉が気付いてくれなかったら即死だったかも」 「何呑気に言ってるんですか!危ないから下がってて下さいっ」 失敗に気づいて逃げようとする人影が塀の上にある。 そうはさせまいと部屋に置いてあった弓矢をとって 角度を決めて上に向け、腕をぐっと後ろにひき手を離した。 空高く飛んだ矢は放物線を描いて塀を乗り越えようとする男に向かう。 首に命中し、男は断末魔の叫びをあげて転がり落ちた。 騒ぎに気づいた家の人が次々と出て来て何か言い合ってる。 それを尻目にパタンと扉を閉じ、弓矢を置いた。 「うわぁ、いつもながら君の腕は凄いね」 「・・・まあ、色々あって鍛えましたから  っ煉笙様も不用意に窓に近寄らないで下さいっ!  毎回ギリギリ気づけてるから良いものの  何かあってからじゃ遅いんですよ!?」 「心配してくれてんの?」 「当たり前でしょうっ」 「・・・そんな風に言うのは君か零君くらいだよ」 閉じられた窓を見て呟かれた言葉に声が出なかった。 侍女を始めてもう何ヶ月も経つのに、 未だにこんな風になる煉笙様を持て余している。 どうかするのが務めだとわかっているのに何も出来ない。 奥底に抱えるものが深すぎて掴めない。 「ああ千莉、そんな悲しそうな顔しないでよ。  大丈夫。ちゃんと紅涼が誰なのかとか教えてあげるからさ」 「・・・そうじゃなくて・・・、」 「ん?」 続きを促すように首を傾げた煉笙様に 何と言ったらいいのかわからなくて頭を横に振った。 煉笙様は避ける時落とした本を拾い上げ窓辺に座った。 「あのね、紅涼は街一番の妓女だよ」 「・・・・はい?」 「俺も何度か呼んだ事あるけれど  さすがっていうか・・・完璧な女性だったね」 「うっ」 「銀月さんと昼間から会ってるなんて・・・  銀月さんも隅に置けないな」 「・・・・・・・っ」 血がどんどん引いていくのがわかる。 何て事・・・っ も、もしかして既におめでとうございますな関係になってたり? どうしよう!今日家に帰ったら 「新しいお母さんだよ」なんて言われて紹介されたらっ! ・・・私、明日からの生きる気力失う・・・っ 「・・・っ煉笙さまぁ!私に今すぐ  美人で凹凸のある体になれる薬を下さい!」 「ないない」 「あれだけ立派な薬貯蔵庫があるのにっ!?」 「俺が使わない薬までは入れてないから」 なんて役に立たないんだろう! 侍女全員がかり出されるあの年末の大掃除で。 魔の部屋と呼ばれるあそこを 賃金アップを目的に掃除した私の苦労は何だったの。 落ち込んで床に手をついていると不意に目の前に、 白い紙がひらりと落とされた。 「・・・これは?」 「百聞は一見にしかずってね。行ってごらんよ紅涼の店」 「っ」 「振られたら慰めてあげるから」 「いりません!・・・っ、今日早引きさせて貰います!」 「いいよ。お疲れ様」 「すみません!失礼しますっ」 紙を持って部屋を出る。 バタバタと廊下を走ると何人かが声をかけてきたけれど、 挨拶も程ほどにして足を早める。 だからその後ろで煉笙様が 「まだ間に合うかな」と呟いていたなんて知る由もなかった。                *** 紙に書かれた場所にようやくたどり着き 建物を見上げてあんぐり口を開けた。 「ぎ・・・妓楼ってこんなに大きかったかしら」 贅の限りを尽くしたような細部の芸も、 人を圧倒するような赤い大きな建物も、 まだ夕方にもなっていないにも関わらず そこから漏れる賑やかな声も まるで全部違う世界のような、 「あらぁ、女の子が一人こんな所で何してるん?」 「きゃっ」 突然声がかけられて悲鳴が漏れた口を慌てて塞ぐ。 声の発信元を探すと、その建物の二階から 綺麗な女の人がひらひらと手を振っていた。 窓の中には何人か装い中の女性もいる。 「あ・・・っ、あの、人を探していて・・・」 「お客さん?っても、まだ誰も来てないわよ  ウチの開店まであと一時間はあるもの」 「え、」 でも銀月は多分ここにいるだろうし。 あれ? 「紅涼さんという方は・・・?」 「姉さん?あー、今少し取り込んでるわね」 「・・・っ」 やっぱりお楽しみの最中!? ふらっとなった頭を抑えどうしようか迷っていると 意外な言葉がかけられた。 「良かったら中で待ってもいいわよ?」 「へ・・・・」 「いいもの見れるかもしれないわ」 意味深に笑うその人の言葉で重い扉が開く。 恐る恐る中に入っていくと、今の会話を聞いてたらしい女の人が こっちよ、と手招きして蝶が描かれている襖を開けた。 「ああもうなんだい!銀月さん、あんたって男は」 「偶然がこうも重なると恐ろしいですね」 「イカサマしてるんじゃないだろうね!?」 「疑うなら調べてみますか」 そう言ってひらりと両手を広げ笑顔で首を傾げる銀月。 その机を挟んだ向かいには昼間に会ったあの紅涼さんがいた。 そして机の上には札が並んでいる。 (あれ・・・なんか随分想像と違うような、) 「さあこれで食事は全部揃いましたね。助かります」 「っ、わかったよ!仕方がないね」 「気落とさないで、姉さん!」 「相手は銀月さんですもの。仕方ないですわ」 「・・・・・」 いよいよよくわからなくなってきた。 想像と事実の違いに目をパチパチさせていると、 席を立って振り返った銀月と目があった。 「千莉!?」 「あ・・・・ああ、えっと、元気にしてた?」 「何でこんな所にいるの!?」 頓珍漢な返答をすると銀月がつかつか寄ってきた。 まさか誰かに聞いたなんて言える訳もなく、 (護衛兼侍女やってるのは秘密にしているもの) 適当に言葉を濁しつつ逆に私は聞き返した。 「銀月こそここで何やってるの?」 「えっ・・・え、えーと・・・」 「くくくっ、銀月さん、それじゃ余計怪しいじゃないか」 「紅涼さん・・・」 白い手の甲に頬を寄せつつ椅子に座った紅涼さんが言った。 銀月は困ったように眉を下げるばかりで何も言わない。 そんな態度に益々疑いが増していく。 「ほら、千莉ちゃんが本格的に疑い始めてるよ」 「うっ」 「残りのもんは後払いって事にしとくよ  まだ今なら間に合うだろうから行きなさいな」 後払い?間に合う? はて何の事だろう。と首を傾げていると ついに銀月が決意を固めたのか私の腕をひいた。 「早めに届けて下さいね」 「わかってるわよ銀月さん」 「じゃあ行こう、千莉。裏の馬借りていきます」 強く手がひかれて銀月が外に出た。 建物の裏に繋がれている馬を一頭連れてくるとその上に私を乗せる。 てっきり一緒に乗るかと思ったのに、 銀月はその手綱を歩いてひく事にしたらしい。 「あの・・・銀月?」 頭ひとつ低い所にある後ろ姿に呼びかける。 「何でこんな所にいる」のかと聞いてきた銀月の表情を思い出して、 怒られるかもと思ったのに妓楼を出てから銀月は一言も喋らない。 もう一度呼びかけてみてもやっぱり反応はなかった。 「銀月、何だか邪魔しちゃったみたいでごめんね」 「・・・・・・」 「私、紅涼さんと銀月の関係が気になってあそこに行ったの」 「はい?」 漸く銀月が振り返った。 「僕と紅涼さんの関係って・・・何言ってるの」 「だって紅涼さんってあんなに綺麗だし魅力的だし  銀月だって格好いいでしょ?  だからもしかして、結婚するんじゃないか、とか思って」 「結婚?僕が?」 「す、凄くお似合いに見えたんだものっ」 銀月のあまりにとぼけた答えに、 なんだかここまで馬鹿正直に言うのが恥ずかしく思えて。 顔が熱くなっていくのがわかった。 「なんか凄い誤解が起きてるみたいだけれど  僕と紅涼さんの間には何もないよ」 「・・・・」 「それに僕が紅涼さんにお似合いなんて嘘。  僕なんて定期的にお給料が入る訳じゃないし  剣や馬術に優れている訳でもない。良いのは顔くらいかもね」 「じ、自分で言う・・・?」 「まぁまぁ。だから千莉が心配するような事は一切なし  僕を格好いいって言うのは千莉以外いないよ」 銀月はそう言って笑ったけれど私はそれは違うと思った。 だって銀月はとても優しくていつも私を守ってくれて、 格好よくて綺麗で。 (顔が綺麗すぎて悪い男に何かされないかだけ心配だけれど) 街の人だって銀月の魅力に気づいてる。 私なんてどうやったら振り向いて貰えるか考えるので必死なのに、 不意に周りを見渡すと山道に入ったらしい。 そういえばどこに行くとか聞いてない。 妓楼では全部揃うとか間に合うとか言ってたけれど・・・。 「千莉、ここからちょっとこれを目にしてて」 「?」 そう言って渡された細長い絹で言われるままに目を覆う。 真っ暗になった視界のせいで馬の振動に敏感になった山を 登る方に歩いたかと思えば下がり。 そうやってあがったり下がったりを繰り返して、ようやく馬が止まった。 抱きおろされたそのままの状態で銀月が歩いていく。 こんな抱き上げられ方はもうずっと前以来で 嬉しいやら恥ずかしいやら、抵抗を試みるものの 優しく「暴れないで」なんて言われたら出来なくなってしまう。 視界の光が少し陰ったかと思ったら人の気配がした。 けれど銀月は止まる事なくどんどん進んでいく。 落とされないよう首にしがみついていると、 突然位置が低くなり、フカフカの何かの上に座らされた。 「はい、到着。目隠しをとってあげるね」 「う、うん」 頭の後ろで銀月の手が動いて、するりと布がひかれた。 途端に明るくなる視界に目を細める。 オレンジ色で満たされたその世界に徐々に慣れてくると、 ようやく目の前に広がる光景が何か理解した。 「紅葉・・・?」 真っ赤な葉のついた木が幾重にも並び、 その輪郭を侵すように橙色の光が葉を染め上げる。 太陽が山に埋もれる前のその一瞬、 山を支配した光が吸い込まれ 紺から赤への綺麗なグラデーションが山の輪郭をなぞった。 なぞって、ほんの一瞬で光が失われた。 「っ、わあ・・・・っ」 そのまるで御伽噺のような奇跡を目にして。 すぐに言葉が出て来なかった。 「凄い!綺麗だったねっ、銀月!!」 隣の銀月に興奮してそう話しかけると 驚くほど優しい目で見つめられてるのに気づいた。 突然高鳴り始めた胸をギュッて抑えて 子供みたいにはしゃいでしまったのを後悔する。 じっと見つめられたままどうしたらいいかわからなくて あたふたと周りを見渡すと どうやら何か大きなお屋敷の一部屋にいるようだった。 「あれ・・・ここは?」 「銀月様、お食事をお持ちいたしました」 すっと襖が開いて一人の女中が頭を下げた。 銀月が頷くとあっという間に、色とりどりの着物を着た女の人達が たくさんのお盆を運んできて私達の前に並べていく。 何がなんだかわからないまま銀月を見ると 銀月は笑ってちょいちょいと手招きをした。 「これは一体何?このお料理も・・・このお屋敷も」 「ここの所ずっと頑張っている千莉へのご褒美だよ」 「ご褒美?」 それにしてもこんな物を用意するお金が一体どこに・・・ はっ、まさかついに自分の体を売ったんじゃ・・・! 「ごめんね銀月!私の稼ぎが少ないせいで・・・!」 「はいっ!?ちょっ、千莉!?  何を勘違いしてるのかわからないけれど多分違うからっ!  これは僕がちゃんと稼いだお金で・・・」 「嘘!銀月にそんな大金がすぐに稼げる程  世の中甘くないもの・・・!」 「うっわぁ、僕の立つ瀬が無くなる清々しい否定っぷりだね」 言って銀月は片膝を抱えてその上に頬を乗せた。 しばらくそのままにして、ふうとひとつ息をつく。 「ちょっと賭をしただけだよ」 「賭って・・・まさか、さっきのも?」 「運よく全勝だったから損はないよ?」 「・・・・・」 銀月が言うにはこの屋敷を貸して貰うのも、 この料理も全て賭でとったものらしい。 料理の一品一品でいちいち賭をやったらしいから これだけ揃えるには一体何度やったんだろう。 「ご褒美は何がいいかな、って考えてたんだ  そうしたらこういう綺麗な景色が見られるって聞いて  それを眺めつつ美味しい物食べられたら良いかなって」 どう?喜んでくれた?って銀月が聞く。 そんなの聞かなくてもわかるはずなのに。 こんなに想ってくれるのに少しでも銀月を疑った自分が恥ずかしかった。 じわりと熱くなった目頭を隠したくて手で顔を覆う。 「ありが、とう・・・っ」 頑張って言葉を絞り出すと銀月が抱きしめてくれた。 その温かさにまたポロポロきて涙が止まらない。 銀月はいつもたくさんの愛情をくれるのに 私は何も返してあげられない。 愛情を疑って、それで愛して欲しいなんて我が儘だ。 「千莉・・・?笑って?」 心配そうに銀月が覗きこんでくる。 顔を覆っていた手がゆっくりと離されて、 酷い有り様になっているだろう顔のまま銀月と目が合った。 「嬉しくなかった・・・?」 「っ、そんな事ないっ」 慌てて首を横にふる。 すると銀月が安心したように笑って じゃあ、と私の目尻の涙を親指で拭き取った。 「笑って?そっちの顔の方が好きだよ」 「・・・・ん」 ゴシゴシと顔を拭いて頑張って笑ってみせた。 わあ美味しそう!とお盆の上の小皿の蓋を開けていく。 (ああ私・・・) こうやってきっともっと銀月が好きになっていくんだ。 好きで好きでたまらなくて もっとその優しい眼差しで私を見ていて欲しくなる。 不意に風がざわめいて紅葉がひらり床に舞い込んできた。 それを拾いそっと唇にあてる。 どうか、また来年の秋も一緒にこうしていられますように。 冬も春も夏も、全ての季節を願うように過ごすのが日課になった。 願わなければこの奇跡みたいな毎日が消えてしまいそうで。 挟んでいた指を伸ばすと紅葉がひらりと宙を舞った。 後ろで銀月が私の名前を呼ぶ。 (・・・ありがとう、この毎日に感謝を) それが銀月が消える数ヶ月前の秋の噺
驚き10万ヒット・・・ありがとうございます。 おめでたいのに何でこんなにテンションの低い話しなんだろう自分!! 多くの方に来て頂いたのだなあ、と感動でいっぱいです。 最近めっきり更新が止まってしまってすみません。 もう、日記も妃刺や湖竜に任せっきりという状況で 申し訳ないやらなんやら・・・、 またエンジンがかかり次第更新を再開いたします! エンジンはかかるまでが長いがかかったら早い、はず。(不安) どうか今後もよろしくお願いいたします。 改めまして、10万ヒットありがとうございました! (C)2009 Season Quartetto akikonomi
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