めぐりめぐって春がくる

「あれ、千莉くん。目の下に大きな隈作ってるけれど大丈夫?」 「・・・公舜様・・・おはようございます・・・」 少し重く感じる頭に手を当てて廊下を歩いていると 突然後ろからひょいと腕をつかまれた 慌てて振り返ると公舜が今から出かけようとしているのか 少し大きめの風呂敷を持っている まだ日も上がってない朝早くだというのにどうしたのかと千莉は首を傾げた 「どちらにお出かけですか?」 「ちょっと遠出しようと思って。悪いんだけれど何か  食べられる物作ってくれないかな  できればお弁当も。厨房に頼むのを昨日忘れちゃって・・・   今起こすのも申し訳ないし。千莉君は朝早いから起きてると思ったんだ」 「早くにおきないと自分の用意が出来ないんで・・・  じゃぁなるべく早めに朝ご飯作りますね。お弁当の具で  何かお好きな物ありますか?」 「ううん。お任せするー」 にこっと笑う公舜を申し訳ないと思いながら自室に隣接する 簡易台所つきの部屋に連れて行く 零隆の世話係になってから千莉が零隆のご飯などを 臨時で作る事があるのでつけてもらったのだ 作りも簡単なその部屋の椅子に公舜を座らせるのは気がひけたが 今他の部屋を使うと寝ている他の使用人に迷惑がかかるので仕方が無い さっと簡単な朝餉を作ると、公舜の前に出した 「わぁ、美味しそうだねー。どこで料理なんて習ったの?」 「街の料亭の主人に弟子入りしたんです。何歳だったっけかなぁ・・・  一緒に住んでる人に美味しい物を食べて欲しくて」 「ふーん。いただきまーす」 公舜は箸をとり食べ始める 食べている最中にその表情が少しだけ和らいだのをみて 美味しかったのかな、と安堵した 「それで、その隈ってやっぱりあれ?宴会の?」 「・・・目だってますか?」 こっくり頷く公舜に千莉は苦笑して己の目の下をほぐす 前回料亭に行った時に出演依頼を出された宴会から あちらこちらから噂が噂を呼び引っ張りだこなのだ がだもともと自分の仕事は零隆の世話係だから、と 零隆がいくら言ってもいつも通りに働くので そろそろ睡眠時間やら体力やらにも限界が来ていた だがそんな事で休んでしまっては申し訳ないので千莉は 昨日も深夜まで宴会に呼ばれていたがこうやって まだ誰もおきていないような時間から起きて働いているのだ 「あれだけの腕だったらそれだけの価値はあるだろうからね  でも零君はもっと休んでいいって言ったんでしょ?  甘えちゃえばいいのに」 「そんな事・・・匿ってもらってるだけでも恩が多いのに  お仕事を放棄するような事はできません  それに全て私が好きで依頼を受けてるだけですから大丈夫です」 「そう?」 「それに私、今すごい楽しいですから」 本当の気持ちだった 自分の筑が人々に喜んでもらえている。賞賛されている 時間は動いているが自分の居場所はちゃんとある どんなに大変でも頑張れるのはだからだ じっと千莉を見ていた公舜はふっと笑みを浮かべた 「だったらいいけれどね。確かに君がそっちに専念しちゃったら  すぐに零君体調悪くなりそうだし困るもん  規則正しい生活できてるのは半分以上君のおかげみたいだしね」 「最低限人間らしい生活は守らなければ煉笙様に怒られますから」 「ああ、煉笙さんね、恐いよねー。零君大事にされてるから  何かちょっとでもしたらすぐにお冠だよね!  わかるわかる。僕もちょーっと零君からかうつもりで  零君脅かしてたら煉笙さんにすっごい睨まれたからね」 「・・・・・;」 「・・・まぁ・・・君ならそういう事もないのかな」 「え?」 「ううん。こっちの話ー」 最後に何か呟いたようだったが千莉の耳には届かなかった (公舜様・・・笑顔で何気に恐い・・・) あの零隆を脅かすとは何をやったのか。しかも煉笙に睨まれて 平然とやっているのは多少の慣れもあるかもしれないが恐いに決まってる 千莉は一度も睨まれた事はなかったが想像するだけで身震いものだ あの美しい美貌が歪められたらさぞ迫力があるだろうに。 それすら楽しんでいるような公舜はやはりあの滝の息子だけある気がした 千莉は弁当を用意すると食卓に置いた すでにその頃には朝餉が用意された膳も空になっている 公舜は席を立つとその弁当を持った 「ありがとね、千莉君。じゃぁいってくるよ  ああ・・・零君によろしく言っておいてね  僕が朝いなくても泣かないでね!って」 「あはは。わかりました」 「じゃぁね」 そう言って部屋を出るとさっさと馬小屋の方に歩いていった 千莉はそこでそろそろ零隆を起こさなければいけない時間だと思い出し 慌てて片付けると零隆の部屋に向かう 昨日は千莉より早く帰ってきたらしいが 他の使用人の話によればやっぱり夜遅くだったらしい 寝息を立てる零隆を起こすのを申し訳ないと思いながら 千莉はゆっくりその体を揺すった 「零隆様、零隆様、」 「・・・・・・ああ、今起きる」 一瞬身じろきしたのを見て千莉はそこから離れ 服や持ち物の用意を始める そこでふと先日零隆が持ってきたハナミズキの花が そろそろ枯れ始めているのに気づいた 「これ、新しいお花を持ってきますね」 「・・・頼んだ。・・・千莉、あまり寝てないだろう」 「?ああ、ちょっと昨日は遅くって。でも大丈夫ですよ!元気ですっ」 「あまり無理はするな。元も子もない」 まだ冴えきらない頭をさすり、そう言って零隆は立ち上がった さっさと用意してあった布を取り風呂場へと行く それを見送って千莉は溜息をついた 「・・・ちょっとは減らした方がいいのかなぁ・・・  零隆様にまで心配かけちゃ申し訳ないし・・・  でも折角演奏が聞きたいっていう人がいるのに  断るのはなんだか嫌だしなぁ・・・」 うんうん唸りながら、千莉は部屋を出た そろそろ厨房も動きはじめるだろう 零隆用の朝餉も取りに行かなければ、と思いながら 庭に続く石畳を下りる 朝露に濡れた草を撫で、丁度いい花はないか探していると ひっそりと咲く紫色の小さな花があるのに気が付いた 「これはなんて花だろ・・・」 そういえば昔よく銀月に同じような質問をしたのを思い出した 決まって銀月は即座に答えてくれたけれど自分はすぐに覚えられず 何度も同じ花の名前を聞いたものだ 勿論それにも銀月は嫌がらず文字と共に一緒に教えてくれた 『千莉は花が凄く好きだね』 『うんっ、だってとっても綺麗でしょう?  長く見れないのは残念だけれど、季節がわかって凄く楽しいの  冬は桜や梅の蕾が出てきたらそろそろ終わりだってわかるし  桜が散ったらもうすぐ夏がやってくる合図でしょ  それから紅葉が赤くなったら秋。それで、枝だけになったら冬に戻るの  とっても短い期間しか見えないから花の名前もちゃんと覚えててあげたいの』 あの頃は季節が変わるのも全く恐くなかった その先には銀月と過ごす楽しい未来があると信じていたから でも、今は―――― (絶対に忘れないと思っているのに、時間が過ぎるたび  少しずつ薄れていく) 声も、顔も、表情も全部覚えているのに 抱きしめてくれた腕の強さが薄れていく これが5年、6年、と時が経ったら顔も声も表情も朧ろになるのだろうか ずくん、と心臓が鳴った (彼をちゃんと覚えてていられるのは私しかいないのに  その自分が忘れてしまったら・・・本当に銀月は消えてしまう) ぎゅっと拳を握り締め心臓に押し当てる そうして深く息を吐き目をあける 小さな紫色の花が目の前で揺れていた 「・・・・・・」 それを丁寧に持っていた短剣で斬り束を作る 帰ろうと踵を返した瞬間体が動かなくなった 後ろから物凄い殺気めいた物が襲い掛かってくる 「・・・っ」 振り返りたかったが振り返れなかった 震える唇で言葉を必死に紡ぐ 「誰ですか・・・」 「“千莉”というのは、あなたかな」 「・・・・・・!!」 女の声だった。 もしや荀の軍についに見つかったのだろうか 偽名の“雫”と答えようかどうか迷っていると女は続けた 「銀月という男と一緒に暮らしていたのはあなたか」 「!!・・・・・銀月、とは」 「あの顔だけのほほんとした男だ。家事はからっきし駄目  本を読み始めれば人の話なんて全く聞かない  放浪癖はあるわ、なかなか頑固な所はあるわ・・・  最近までずっと拾った女の子のおかげでまともに生きてたらしんだけれど  つい一ヶ月前ぐらいに荀の王を殺しに行って失敗。死亡。  という色々哀しい運命とめぐり合わせの男だ」 「・・・・・」 銀月に詳しいは詳しいのだが、なんだか言葉に妙な実感が篭っている 千莉は直感で彼女が荀の王からの殺し屋ではないと思った 足が震えたがなるべく冷静に口をひらく 「・・・銀月の、世話をしたのは確かに私です」 「じゃぁ、君が千莉ちゃんなんだね!」 答えた瞬間今まで放たれていた殺気が消えた 千莉は嬉々とした声に驚いて振り向く そこで剣を鞘にしまっていたのは20代の若い女だった きりっとした目元に強気な表情を浮かばせる彼女は 笑顔になると千莉に近づいていき手を取った 「初めまして、私は銀月の古い友人でね」 「!・・・・銀月の・・・?」 「全く彼には申し訳ない事をした。本当は私も  荀の王の暗殺計画に銀月に頼まれて加わるはずだったんだ  けれど約束の場所に来た時には既に銀月は旅立っていてね  必ず危険に晒されるだろう君を慌てて探したんだけれど  私がやらなくても、ここが匿っててくれたんだね」 「・・・・・・あの・・・、」 女はし、と唇に人差し指を当てた そして持っていた包みから大事そうに布で包まれた物を 千莉の手の上に乗せた 「銀月から君に預かった物だよ。一緒にやってくれないか、と  手紙が来た時に一緒に同封されていたんだ  何かあったらどうせ渡せないから君から渡してくれって」 「・・・・っ」 急いでその包みを開けると中から 細かい細工の施された髪飾りが出てきた 桜の形の飾りがついているそれは、すぐに高価な物であるとわかる それを手にとって千莉は目を細めた 「これを・・・銀月が、私に・・・」 「ああねぇ、銀月は君にちゃんと好きだって言った?」 「へっ」 「あれずっと君の事家族としか思ってないって馬鹿言ってたけれど  ちゃんと気づいて告白したのかなって、それも気がかりでさ」 千莉は女の目を見た そして次の瞬間嬉しそうにはにかんで頷く それを見て女は安堵した表情をした 「よかった。もし言ってなくって最後まで勘違いしたまま死んだら  正真正銘の馬鹿だったよ。殴りに行ってた  あ、それちゃんとつけてあげてね。銀月が誰かの事ずっと考えて  何かを選ぶのなんて珍しいんだから」 「・・・・・え」 千莉は何度もそうやって選んでもらっていた 自分がそうしたのもあるが、それでも銀月に選んでもらっていたのだ それが珍しい事だったというのは初耳だ 女は千莉の呟きに目を丸くした。だがすぐに納得した表情になる そして踵を返しながら言った 「ああ、君は特別か。そりゃそうだよね」 「・・・・あの・・・っ」 千莉は慌てて呼びかけた。もしかしたら千莉が出会う前の銀月も 知っている人かもしれない 銀月の事も話せるかもしれない 「また、会ってくれませんか・・・っ、私、銀月の事・・・!」 「あははーごめんね。その手紙に昔の事少しでも喋ったら  呪い殺すって書かれてて真面目に恐いから駄目なんだわー  それに私よりずっと君の方が銀月については詳しいよ」 「でも、」 「ああそうだ。これだけ言っておこうと思ったんだ」 女は振り返って微笑んだ 「あんな相棒だけれど、好きになってくれてありがとう」 「・・・・っ」 「これだけ愛してくれる人がいて凄く幸せだったと思うんだよ  ・・・本当にありがとうね、千莉ちゃん」 女はそう言って塀の上から外に走り去って行った 千莉はまだ自分が寝ぼけているのだろうかと思いながら ふと頬を伝う温かい物に気づき手でそれを取る 「何で・・・泣いてるんだろう・・・」 歪む視界の先にあの桜の髪飾りが見える それをそっと髪に挿し目を閉じた “あんな相棒だけれど、好きになってくれてありがとう” その言葉が胸にじわじわと染み込んでいく 銀月を好きになって幸せなのは自分だった でも銀月もそう思ってくれているのだったら嬉しい 「・・・っふ・・・うっ」 初めて銀月を思い出して悲しみではなく幸せな気持ちで泣いた 涙が次々零れてきて玉のような涙が服をぬらしても 何故か気持ちはぽかぽか温かかった それはとても不思議な感覚だった ||小説目次|拍手| (C)2008 Season Quartetto akikonomi
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